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どんなに暗い夜だって… 4-1(雪夜)
――大学生活において……
「いいバイトがあるんだけど――……」
「誰でもできる簡単な内容だから――……」
という誘いは、大抵ろくなもんじゃない……
扉を開けた瞬間、雪夜はその言葉を思い出した。
***
「え、ふぁいふぉ?(バイト?)」
相川が、口の中いっぱいのパンを飛ばす勢いで聞き返してきた。
「だぁ~もぅ!!相川、汚い!食べ終わってから喋れ!……で、雪夜がバイトしたいのか?」
佐々木が相川の口を手で抑えながら、雪夜を見た。
「うん……前にしてたやつは全部辞めちゃったから……新しいの探さなきゃ……」
以前は、バイトを3つ掛け持ちしていた。
でも、あの事件の後、雪夜が寝込んだせいでバイトどころではなくなってしまったので、一旦全部辞めたのだ。
「あ~……いや、そんなに焦らなくても……もうちょっとゆっくりしてからでもいいんじゃないか?」
「でも、俺の貯金もう底ついちゃってるし……今は完全に夏樹さんに頼り切ってる状態だからさ……せめて、自分に必要な物くらいは自分で買いたい……」
雪夜は財布の中に入った1万円札を見ながら、ため息をついた。
***
あの事件で雪夜の持ち物はほとんど廃棄した。
夏樹さんの家に住まわせて貰っているので、当面、生きていくことには不自由しない。
それでも、あの事件から2か月も経つと、大学に必要な物や、昼食代、携帯代諸々で、あっという間に貯金が消えていく。
収入がないのだから、減る一方なのは仕方ない。
こういう時に削れるとしたら、一番に食費だよな~……
朝晩は夏樹さんの美味しいご飯が食べられるので、昼の一食くらい抜いても大丈夫……と、ちょっとずつ昼食代を削っていたのだが、今日財布を開けると、いつの間にか夏樹さんがお金を足してくれていたのだ。
夏樹さんには昼食を抜いていることなんて一言も言ってなかったのに……なんでもお見通しですか……
***
「同棲してるのに俺、食費も家賃も光熱費も払ってないし……昼食代まで入れてくれちゃってるし……これじゃあ、俺って完全なるヒモ――……」
男としてというか、もう人間として情けないな……
「別に、しょっちゅう高価な物をねだるとかじゃないんだから、それくらいは夏樹さんに甘えちゃえば?ちゃんと体調が良くなってバイトができるようになったら、その時に返せばいい。まぁ、夏樹さんは返さなくてもいいと思ってるだろうけどな」
「むぅ~~~……なんで佐々木はそんなに、夏樹さんの考えてることがわかるの?……さっき電話でまさにその通りのこと言われた……」
財布の中の1万円札について、一応、夏樹に確認の電話をしたのだ。
「いや、わからねぇよ。ただ……俺がその立場だったら、そう言うだろうなって思っただけ」
佐々木が少し顔を顰 める。
「そっかぁ~……」
佐々木と夏樹さんは、雪夜の知らないところで結構連絡を取り合っている。そのくせ、お互いの話題が出るとなぜか苦虫を噛み潰したような表情をする。
仲が良いのか悪いのかよくわからない。
それでも、やっぱり、佐々木と夏樹さんは似てるんだよな~……
そう言ったら二人とも嫌がるけど――……
「何なら俺のバイト先に来る?って言ってあげたいけど、今俺のとこ人手足りてるしなぁ~……残念!雪ちゃんと一緒に働けるチャンスだったのにっ!」
ようやく食べ終わった相川がそう叫ぶと、少し離れたところにあるごみ箱に空き缶を投げ入れた。
空き缶はキレイに放物線を描いてごみ箱の中に吸い込まれていった。
「……っしゃ!」
「おい、相川。あれ、燃やせるごみの箱だからな。空き缶ちゃんと取りに行けよ?」
喜ぶ相川を呆れた顔で見ながら、佐々木がズズズと音を立てて紙パックのジュースを飲んだ。
「うっそ……せっかく入ったのに~!!」
雪夜は、すごすごと空き缶を回収に行く相川の背中を見ながら、ため息を吐いた。
「……ぅ~ん……とりあえず短期でバイト探してみようかな……」
いくら焦っても、佐々木や夏樹さんが言うように、まだ体調が万全というわけではない。
だいぶマシになってきたとは言え、またいつ不安定な状態になるかわからないので、無理せずにできる範囲で始めなければ、余計に周囲に迷惑をかけることになってしまう。
「そうだな――……」
***
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