73 / 715

どんなに暗い夜だって… 4-2(雪夜)

「ねぇ、きみたち」  不意に頭の上から声が降ってきた。 「ぅえ!?」  雪夜が振り返るとすぐ後ろに見慣れない男が立っていた。 「あぁ、驚かせたならごめん。今バイトを探してるって聞こえたんだけど」 「あ、はい。俺が……」  なんだこの人?知り合い……じゃないよな?相川も佐々木も知らなそうだし……先生かな? 「良かったら、バイトしない?僕の研究室が今ぐっちゃぐちゃで、いい加減片づけないと地震が来たら埋もれて圧死しそうな勢いなんだよね……でも、とても一人じゃ無理そうでね。今日あたり、僕の講義を取ってる子達に声かけてみるつもりだったんだけど……時給1000円、お菓子とお茶の休憩付きでどう?」 「研究室を片づけるバイトで、期間は片づけが終わるまでってことですか?」 「そういうことだね」  その部屋がどんな状態かわからないけれど、片づけるだけなら数日でできそうだ。  それに研究室ってことは学内だよね…… 「わかりました。いつやります?」 「講義の合間とか、夕方とか、きみの都合のいい時でいいよ。僕はだいたい講義のない時は研究室に籠ってるから」 「はい。あ、あの……すみません、先生の名前と研究室の場所教えて貰ってもいいですか?俺専攻してないんで……」 「あぁ、そうか。僕は緑川。歴史学部の――……おっと時間だ。研究室はA棟の4階の東側にあるよ。じゃあ、またね」  話の途中で緑川のアラームが鳴ったので、慌ただしく場所だけ説明して行ってしまった。 「あっ!!」  去って行く緑川を小首を傾げて眺めていた相川が、突然ポンと手を鳴らした。 「思い出した!あの先生……確か30代なんだけど、結構見た目がいい上にまだ未婚らしくて、女子に人気があるって聞いたことがある……」  珍しく大人しくしていると思ったら、緑川の情報を思い出していたらしい。  相川は顔が広くていろんな学部に友人がいるので、何気に情報通なのだ。  ただ、記憶力が悪いので、なかなか思い出せないのが玉にキズだが…… 「雪夜、ホントにやるのか?」  佐々木が心配そうな顔をする。 「うん、部屋片づけるだけって言ってたし、俺の都合のいい時でいいって言ってくれてたし……夕方もしていいなら、夏樹さんが迎えに来るまでの時間つぶしになってちょうどいいかなって……それにね、大学内だから俺一人でも大丈夫だよ。だから、佐々木たちは飲み会とか行ってきてよ!」  雪夜が不安定だったせいで、この1か月余り、大学内では佐々木と相川がずっと傍にいてくれた。  その間、二人は飲み会や遊びの誘いをほとんど断ってついていてくれたのだ。  雪夜がバイトを探そうと思ったのは、お金が欲しかったのはもちろんだが、いつまでも二人に頼ってばかりじゃいけないと思ったからだ。 「……俺は飲むのは好きだけど飲み会の騒がしいのはあんまり好きじゃないから、雪夜たちと宅飲みする方がいい。だから、また今度俺の家で飲もうぜ」  佐々木が、フッと優しく笑って雪夜の頭をポンポンと撫でた。  だから、そういうとこが似てるんだって――…… ***

ともだちにシェアしよう!