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どんなに暗い夜だって… 4-10(雪夜)
佐々木が下の名前を呼ばれるのが嫌いなように、雪夜も昔は下の名前を呼ばれるのが嫌いだった。
だから、大抵上の名前で呼んでもらうのだが、大学に入って相川や佐々木に出会って「雪夜」と呼ばれるのが当たり前になったので、今ではあまりこだわらなくなった。
それに、夏樹さんも……
初めて自己紹介をした時、夏樹は名前を聞いて「雪の夜か……楽しそうだな」と言った。
「綺麗だね」とか「聖夜っぽい」とは言われたことがあるが、「楽しそう」という感想は初めてだった。
「夜に雪が降ったら、次の日の朝カーテンを開けるのが楽しみじゃなかった?だって、起きた時に積もってたら、雪遊びができるでしょ?だから、雪の夜ってなんかワクワクするよね」
夏樹さんがそう言って笑ってくれたから、自分の名前がちょっと好きになった。
そういえば……あの時夏樹さん……
「夏樹さんは子どもの頃雪の日にはそうやって遊んでたんですか?」
「ん~……いや……そういう遊びはしたことない。だから……憧れみたいなものかなぁ……」
って、なんかちょっと淋し気な顔を一瞬したんだよね……あれは一体どういう意味だったんだろう……
***
そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に購買に着いた。
「あれ?雪夜?」
「どうしたの~?バイトに行ったんじゃなかったっけ?」
段ボールを貰っていると、佐々木と相川が通りかかった。
「うん、バイト中。あの先生の部屋さぁ、想像以上に凄かったよ……この間の俺の部屋並みにぐちゃぐちゃで、さっきも雪崩が起きてさぁ……」
先ほどの緑川の部屋での様子を話すと、二人とも口を開けて固まった後、露骨 に顔を顰 めた。
「それ、雪夜一人じゃ無理だろ……」
「何日どころか、何年かかるかわからないぞ!?時給1000円は安すぎだし、そんな部屋でお菓子とかお茶とか食べろって言われても、落ち着かない!!」
相川が、いかにも相川らしい理由で怒った。
そういえば、バイトの報酬がお金とおやつ休憩だっけ……あの部屋を見た後じゃ……うん、もしお菓子を出されたとしても落ち着いて口に出来ないな……
「う~ん……まぁ、とりあえず何日かやってみるよ。俺の他にもバイトいるかもだし」
「……今からその段ボール持っていくのか?」
言い出したら聞かないしな……という顔で大きくため息を吐いた佐々木が、雪夜の持っている段ボールを指差した。
「じゃあ、俺たちも一緒に持っていくよ。そしたら一回で済むでしょ?それに、俺たちもその研究室見てみたい」
「相川の言う通りだな。じゃあ……相川これ持って。で、雪夜はこれな……よし、これで全部だな。行こうか」
明らかに相川だけ量が多いが、はいよ。と軽く持ち上げるとさっさと歩き始めた。
佐々木と雪夜は残りを二人で分けた。
「え、いいの?二人とも、今から遊びに行くんじゃないの?」
相川の後ろを歩きながら、一応確認する。
「いや、飲み会は夕方からだから、どうせ俺たち暇してたし。ちょうど雪ちゃんのこと話してたんだよ」
「なぁ、雪夜。お前……大丈夫か?」
相川に聞こえないくらいの声で、佐々木が話しかけてきた。
「え、何が?」
「誤魔化すな。その研究室入った時、フラッシュバックしなかったのか?」
「あ~……ちょっと危なかったけど、それよりも先生が生き埋めになったことの方が衝撃だったから……大丈夫だよ」
やはり、佐々木には敵わない……
緑川の部屋の状況が事件時の雪夜の部屋と似ていると聞いて、即座に雪夜の精神状態を気遣ってくれる……
こんなの……俺が女の子だったら、絶対好きになっちゃうよね!
いや、夏樹さんとどっちか選べって言われたら、もちろん夏樹さんを選ぶんだけど!
「……そうか。今日は夏樹さん何時に来るんだ?」
「えっと、今日はたぶん定時終わりだと思う」
昼に連絡が来た時には、そう言っていた。
「夏樹さん来たらすぐに帰れよ?顔色悪いぞ」
佐々木の言葉に、ドキッとする。
「え……俺そんな顔に出てる?」
「出てる」
「マジか~……さっき先生にも言われたんだよね……」
「先生に?……へぇ……」
佐々木が訝しげに眉を寄せた。
「あ、ちょっと待って。お~い、相川~!そこ右~!!」
相川が違う道を行こうとしたので、佐々木との話を中断して慌てて追いかけた――
***
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