81 / 715

どんなに暗い夜だって… 4-10(雪夜)

 佐々木が下の名前を呼ばれるのが嫌いなように、雪夜も昔は下の名前を呼ばれるのが嫌いだった。  だから、大抵上の名前で呼んでもらうのだが、大学に入って相川や佐々木に出会って「雪夜」と呼ばれるのが当たり前になったので、今ではあまりこだわらなくなった。  それに、夏樹さんも……  初めて自己紹介をした時、夏樹は名前を聞いて「雪の夜か……楽しそうだな」と言った。  「綺麗だね」とか「聖夜っぽい」とは言われたことがあるが、「楽しそう」という感想は初めてだった。 「夜に雪が降ったら、次の日の朝カーテンを開けるのが楽しみじゃなかった?だって、起きた時に積もってたら、雪遊びができるでしょ?だから、雪の夜ってなんかワクワクするよね」  夏樹さんがそう言って笑ってくれたから、自分の名前がちょっと好きになった。  そういえば……あの時夏樹さん…… 「夏樹さんは子どもの頃雪の日にはそうやって遊んでたんですか?」 「ん~……いや……そういう遊びはしたことない。だから……憧れみたいなものかなぁ……」  って、なんかちょっと淋し気な顔を一瞬したんだよね……あれは一体どういう意味だったんだろう…… ***  そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に購買に着いた。 「あれ?雪夜?」 「どうしたの~?バイトに行ったんじゃなかったっけ?」  段ボールを貰っていると、佐々木と相川が通りかかった。 「うん、バイト中。あの先生の部屋さぁ、想像以上に凄かったよ……この間の俺の部屋並みにぐちゃぐちゃで、さっきも雪崩が起きてさぁ……」  先ほどの緑川の部屋での様子を話すと、二人とも口を開けて固まった後、露骨(ろこつ)に顔を(しか)めた。 「それ、雪夜一人じゃ無理だろ……」 「何日どころか、何年かかるかわからないぞ!?時給1000円は安すぎだし、そんな部屋でお菓子とかお茶とか食べろって言われても、落ち着かない!!」  相川が、いかにも相川らしい理由で怒った。  そういえば、バイトの報酬がお金とおやつ休憩だっけ……あの部屋を見た後じゃ……うん、もしお菓子を出されたとしても落ち着いて口に出来ないな…… 「う~ん……まぁ、とりあえず何日かやってみるよ。俺の他にもバイトいるかもだし」 「……今からその段ボール持っていくのか?」  言い出したら聞かないしな……という顔で大きくため息を吐いた佐々木が、雪夜の持っている段ボールを指差した。 「じゃあ、俺たちも一緒に持っていくよ。そしたら一回で済むでしょ?それに、俺たちもその研究室見てみたい」 「相川の言う通りだな。じゃあ……相川これ持って。で、雪夜はこれな……よし、これで全部だな。行こうか」  明らかに相川だけ量が多いが、はいよ。と軽く持ち上げるとさっさと歩き始めた。  佐々木と雪夜は残りを二人で分けた。 「え、いいの?二人とも、今から遊びに行くんじゃないの?」  相川の後ろを歩きながら、一応確認する。 「いや、飲み会は夕方からだから、どうせ俺たち暇してたし。ちょうど雪ちゃんのこと話してたんだよ」 「なぁ、雪夜。お前……大丈夫か?」  相川に聞こえないくらいの声で、佐々木が話しかけてきた。 「え、何が?」 「誤魔化すな。その研究室入った時、フラッシュバックしなかったのか?」 「あ~……ちょっと危なかったけど、それよりも先生が生き埋めになったことの方が衝撃だったから……大丈夫だよ」  やはり、佐々木には敵わない……  緑川の部屋の状況が事件時の雪夜の部屋と似ていると聞いて、即座に雪夜の精神状態を気遣ってくれる……  こんなの……俺が女の子だったら、絶対好きになっちゃうよね!  いや、夏樹さんとどっちか選べって言われたら、もちろん夏樹さんを選ぶんだけど! 「……そうか。今日は夏樹さん何時に来るんだ?」 「えっと、今日はたぶん定時終わりだと思う」  昼に連絡が来た時には、そう言っていた。 「夏樹さん来たらすぐに帰れよ?顔色悪いぞ」  佐々木の言葉に、ドキッとする。 「え……俺そんな顔に出てる?」 「出てる」 「マジか~……さっき先生にも言われたんだよね……」 「先生に?……へぇ……」  佐々木が訝しげに眉を寄せた。 「あ、ちょっと待って。お~い、相川~!そこ右~!!」  相川が違う道を行こうとしたので、佐々木との話を中断して慌てて追いかけた―― ***

ともだちにシェアしよう!