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どんなに暗い夜だって… 5-17(夏樹)
――荷物を片づけ、シャワーを浴びて、雪夜を起こさないようにそっとベッドに入る。
横になって携帯を弄っていると、ツンツンと服を引っ張られた。
「ん?ごめん起こしちゃった?」
手を伸ばして首元に触れる。
熱は上がってなさそうだな……
「……っ」
雪夜の口唇が微かに動いた。
「……喉渇いた?」
「み……ず」
「はい、ついでにお薬も飲んで」
用意しておいた水を渡し、起きたついでに風邪薬も飲ませておく。
「気分は悪くない?」
「大丈夫……です……」
熱はそこまで高くないが、疲れが出たのかボーっとしている。
「雪夜、お薬飲んだしもう寝ていいよ?」
「ん~……」
「お~い、雪夜さ~ん?どした?寝ないの?」
もしかして、発作か?でも呼吸はちゃんとできてると思うんだけど……
ベッドの上で座り込んだまま動かない雪夜が、夏樹にゆっくりと視線を移してきた。
「息苦しい?どこか痛い?」
夏樹が雪夜の前に座って顔を覗き込むと、雪夜がそのまま倒れこんできた。
夏樹の肩に頭をポスンと乗せる。
「ん~……だっこ……して?」
「……へ?あぁ……はい」
急な甘えたに戸惑いながら膝の上に抱き上げた。
「へへ……なつきさん……だぁ~いすき」
「ん゛っ!?……ぅん、ありがと……俺も大好きだよ」
あ~……熱ね。うん、熱のせいだね。いや、わかってるよ。わかってるけど、雪夜が熱出すの久しぶりだから、甘えたの破壊力が半端ないっ!!!
ちょっと一瞬ヤバかった……何がとは言わないけど……
雪夜は寝起きや発作や熱などでそれぞれ微妙に甘え方に差がある。(ちなみに、普段は甘えてくることはほぼない……)
熱の時は、頬が上気して瞳も潤んでいるので、一番エロ可愛い……
なのに手を出せないので、一番キツイ……
でもまぁ……今日は佐々木と相川にずっと雪夜を取られっぱなしでほとんどイチャイチャできなかったし……こうやって甘えてくれるだけでも……
夏樹は大きく息を吐くと、雪夜を抱きしめながら、背中をトントンと撫でて眠りを促した。
***
「はなび……」
夏樹の胸にもたれかかりながら、雪夜がポツリと呟いた。
「ん?」
「たのしかった……」
「うん、楽しかったね」
「ねたくない……」
「どうして?」
「だって、ねちゃったら……ぜんぶゆめになっちゃうかも……」
「夢じゃないよ。大丈夫、写真だって撮ったでしょ?」
「しゃしん……」
「見る?さっき佐々木君が送ってくれたよ」
佐々木から携帯に送られてきた写真を見せる。
「ほんとだぁ~……みんないる……おれもいる……」
「うん、ちゃんとみんな写ってるね」
「おれも……いるんだぁ……っ」
食い入るように写真を見ていた雪夜の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「雪夜もいるよ。夢なんかじゃないよ。ね?」
「っ……っうん……ぁっごめ……っ」
雪夜が急いでティッシュを取ると画面に落ちた涙を拭いた。
「……っあの……あのね、これはなんでもないから……っ」
顔を背けて手でゴシゴシと目をこする。
「雪夜、我慢しなくていいんだよ」
雪夜の涙の理由を知っている夏樹は、泣き顔を隠してベッドから出ようとする雪夜を優しく抱きしめて、目をこすれないように手を握った。
「泣きたい時は泣いていいんだよ」
「っ……ふぇっ……っく……」
雪夜は、片手に携帯を、もう片方の手に夏樹の手を握りしめて、しばらく泣き続けた――……
***
遠足や修学旅行に参加できなかった雪夜は、当然ながら、そういう行事で友達と一緒に写っている写真がない。
相川が写真を撮ろうと言い出したのは、そのことに気付いていたからだ。
いつの間に撮ったのか、花火だけじゃなくて、その前の遊んでいる時の写真も何枚か送られてきていた。
雪夜は、あまり執着心がない。
そう思っていたけれど、それは間違いだった。
執着心がないんじゃなくて、敢えて執着しないようにしているだけだ。
本当は、したいことも欲しいものもたくさんあって……
でも、トラウマのせいで諦めざるを得ないことがいっぱいあって……
執着しないことで、自分の気持ちを無理やり納得させていただけだ。
当たり前のことでも、雪夜にとっては当たり前じゃなくて……
些細なことでも、雪夜にとっては重要で……
「だから雪夜にちゃんと思い出になる何かを残してあげたい」
佐々木が今回の計画を立てていた時にポツリと漏らした言葉だ。
あの二人は俺よりも、よほど雪夜のことをわかっている――……
***
自分の至らなさを痛感し宙を見つめて考え込んでいた夏樹は、胸元から聞こえる寝息に視線を落とした。
携帯を胸に抱きしめたまま眠る雪夜に苦笑しながら、額にキスをして強く抱きしめた――
***
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