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どんなに暗い夜だって… 6-2(雪夜)

 ――相川たちとのダブルデートの数日前…… ***   「先生、今日のところはこれくらいで。俺そろそろ帰りますね」  雪夜は、夏樹から会社を出るというメールが届いたので、片づけていた手を止めた。 「うん、ありがとう。あ、雪夜君、良かったら一緒に晩御飯食べに行かない?いつも一人だから、たまには誰かと食べたくてね……もちろん奢るよ?」  帰る支度をしていると、緑川が珍しく晩飯に誘ってきた。 「いえ、すみませんが、もう迎えが……」 「それって、前に佐々木君たちが言ってた人?もしかして、毎日送迎してくれてるの?」  緑川の研究室は、バイト当初、足の踏み場もない有り様だった。  雪夜一人では到底片づけられないので、しばらくは佐々木と相川も手伝ってくれていたのだ。  その時に雪夜と佐々木が、今日は夏樹が何時に迎えに来るかという話をしていたことを覚えていたらしい。  だいぶ声を抑えて話していたはずなのに…… 「あ~はい、そうです」 「ふ~ん……ねぇ、もしかして、その人と付き合ってる……とか?」  緑川が椅子の背にもたれかかって、雪夜をじっと見つめてきた。 「えっ!?……ななななにを!!」  緑川にそんなことを聞かれるとは思ってもいなかったので、動揺してしまった。 「あははっ、きみってわかりやすいねぇ~。しょっちゅうキスマークつけてきてるから、そうかな~って」 「キ……キスマークっ!?え、嘘!?どどどどこですかっ!?」  夏樹さんには、なるべく目につく場所へのキスマークはつけないようにお願いしているのに……!  自分で気づいてないってことは後ろかな?と思い、パッと首の後ろを手で押さえた。 「なんだ、気づいてなかったの?ココだよココ!鎖骨(さこつ)」  緑川が自分の鎖骨をトントンと指で叩いた。  そう言われて咄嗟に下を向いたが、鏡にでも映さないと鎖骨を自分で見ることはできない。  でも、そういえばお風呂に入った時に鏡を見たら鎖骨あたりにキスマークがあったような……いや、でも服着てれば鎖骨なんて見えないよね!? 「まぁ、そこは服で隠れるけど、たまにチラッと見えるからさ……きみ……ゲイでしょ?」 「え……」  雪夜がひた隠しにしてきたことを、緑川がサラッと口に出した。  ズバリ言い当てられると、どんな反応をしたらいいのかわからない。  今までも顔が女っぽいので、ソッチ系なんじゃないのかとからかってくるやつはいたが、そういうのはただ見た目だけで適当に言っているだけなので無視していた。  でも、緑川は核心を持って確認してきている……  この人……どこまで知ってるんだ!? 「あ~そんな顔しなくても大丈夫だよ。僕はね、ゲイよりのバイなの。だから、何となくソッチ系のは見たらわかるっていうか……まぁ、雪夜君の場合はもう、男に抱かれてますって顔に書いてあるけどね」 「だっ……なっ……え、ぇええええっっ!?」  緑川のカミングアウトよりも、その後の「顔に書いてある」という言葉の方に衝撃を受ける。  思わず自分の頬を両手で挟んだ。     顔に!?だだだ抱かれてますって!?俺の顔一体どんな顔なんだよぉおおお!! 「あの佐々木君もそうだよね?」 「……へ?」  ……なんでここで佐々木の名前が出るの?  自分のことだけならまだしも、佐々木の名前が出たことで雪夜の中で緑川への警戒度が一気に上がった。 「最初は佐々木君ときみが付き合ってるのかと思ったんだけど、でも佐々木君もネコだよね?たぶん佐々木君の相手は~……もう一人いたあの相川君?だと思うんだけど、違う?」  たしかに……あの二人は付き合ってるけど……なんでそんなことわかったんだ?  あの二人が手伝いに来てた時はまだ付き合ってなかったはずだし、だいたい、三人でいる時は二人とも俺の面倒を見てばかりだから、そんな素振り見せないのに……  緑川が何を考えてそんなことを言い出したのかわからない……  でも……あの二人のことまで変に勘繰(かんぐ)られるのは嫌だ……っ!   「勝手に決めつけるのはやめてください!あの二人は違いますよ!!」 「あの二人は……ってことは、きみはゲイだって認めるんだ?」 「あっ!!」  思わず口を押さえる。  あ~もぅ!俺のバカっ!! 「あははは、いや、もう隠さなくていいって」 「……佐々木のことは、本当に知りませんよ。ただの友達です」  実際、つい最近まで知らなかったしね……  もう自分のことはこの際どうでもいい。  ゲイだということはバレているようだし……でもあの二人のことは絶対巻き込んじゃダメだ!!  雪夜は奥歯を噛みしめて、精一杯「そんなこと初めて聞いた」という顔をした。 「ただのっていうには、仲が良すぎるように思うけど……まぁ、それはいいよ。そっか、じゃあ、きみの相手はお迎えに来てる方かぁ……僕も密かに狙ってたんだけどなぁ……君の顔好みなんだよね」  緑川が独り言のように呟きながらスッと雪夜の顔に手を伸ばしてきたので、思わず後退(あとずさ)った。  今の言い方って……夏樹さんのことも知ってるってこと!?  俺は何言われてもいいけど……もし夏樹さんが俺と付き合ってるって会社とかに知られたら……迷惑かけちゃう…… 「いやいやいや、何言ってんですか!!からかわないでくださいよっ!!っていうか、あの……俺はゲイですけど、向こうはそうじゃないんで、あんまりこの話は――……」 「え、相手ってノンケ!?うそでしょ……きみノンケ()としたの!?そんないかにも純情そうな顔して結構やるねぇ……」  緑川が心底意外そうな顔をして雪夜を上から下まで舐めまわすように見た。  え、先生は夏樹さんのことは知らなかったの!?俺また自分で余計なこと……  だめだ、喋れば喋るほど墓穴を掘ってしまう……  あれ?っていうか、なんか……俺今……(けな)されてる? 「俺が誰と付き合おうと、先生には関係ないですよね?」  ちょっとムっとして、緑川を睨みつけた。 「あぁ、気に(さわ)ったなら謝るよ。ごめんね。ただ……ノンケは一時の感情に流されてっていうのが多いからさ、どうせノンケは興味本位で付き合ってるだけなんだから、君もあんまり相手を縛り過ぎたり甘え過ぎたりしてると、すぐにウザがられて飽きられて捨てられちゃうよ?」 「そんなこと……!!」  不覚にも、緑川の言葉に一瞬胸が痛くなった……  甘え過ぎてると……ウザがられる……?  俺、夏樹さんに甘え過ぎてるから……ウザがられてるのかなぁ――…… ***

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