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どんなに暗い夜だって… 6-3(雪夜)

 雪夜は、緑川の言葉に動揺して少し俯いた。  その瞬間、緑川が距離を詰めてきて、最近ようやく姿を現したばかりの本棚に雪夜の背中を押し付けた。 「っ……痛っ!?」  そんなに強く打ち付けたわけではないのに、油断していたせいか一瞬息が詰まった。  緑川は、本能的に逃げようとする雪夜の手を掴んで頭の上で交差させると、足の間に自分の足をねじ込んで動きを封じてきた。 「その点、僕なら同類だから、安心だよ?ノンケなんかやめて、僕にしない?」  え、何なの?……俺今、口説(くど)かれてるの?普通、恋人がいるって言ってる相手を口説くか!?いや、それより、この体勢って……どう考えても体育館裏でシメられてる図なんですけどっ!?  もともと恋愛に(うと)いうえ、夏樹以外の男にこんなにはっきりと言い寄られることはなかったので、対処の仕方がわからない……  それに緑川の言葉はいちいち心をかき乱してくる……  あぁ、なんだか気分が悪くなってきた…… 「確かに……ノンケ相手だといつ飽きられるのかっていう不安はありますけど……でもそれは、ゲイ相手でも一緒だし……それにバイは守備範囲が広いから、むしろノンケよりも性質(たち)が悪いですよね。何をどう安心しろと?」 「おや、言ってくれるねぇ……まぁ、きみが言うのも一理ある。でも、少なくともノンケと付き合うよりはリスクが少ないと思うけど?」  緑川は強く押さえつけているわけではなさそうなのに、雪夜がいくらもがいても掴まれた手首はビクともしない…… 「……リスクを考えて好きになるわけじゃないですからっ!リスクが嫌なら一人でいますよ!」 「あ~若いね……僕もお節介だとは思うけど、お気に入りの子がノンケに傷つけられるのを黙って見てるのはちょっとねぇ……きみだってどうせなら傷つかずに幸せになりたいでしょ?」  この人さっきからなんでそうやって……決めつけるんだ?  なんだか微妙に話が噛み合ってないような……  それに、やけにノンケとゲイの恋愛について偏見を持っているように思える……まるで…… 「……先生は昔ノンケに傷つけられたんですか?さっきから言ってるのは自分の経験談のように聞こえますけど」 「まぁ……俺くらいの歳になるとね……一回や二回は経験することだから」  緑川が、自嘲気味に笑った。 「ノンケとは上手くいかないなんて決めつけないでください。俺は今幸せですから!」 「はぁ~……盲目的になってる時にこれ以上言っても無駄かな。……でも、きみもそのうちにわかるよ。所詮ゲイなんて……同類でキズを舐めあうくらいがちょうどいい。俺たちに未来なんてないんだから、気楽に付き合って、その時にお互いが気持ち良ければそれでいい。それくらい割り切ってないと生きていけないよ」  一瞬、緑川の顔が辛そうに歪んだ。  先生……言葉と表情が合ってませんよ……?  緑川の表情に困惑してちょっと考え込んでいると、いつの間にか緑川の顔が目の前にあった。  え!?なに、近いっ!!  鼻と鼻が触れそうになるくらいの距離になった時、雪夜の携帯が鳴った。 「……残念。時間切れか。彼氏待ってるみたいだね?行ってあげたら?」  緑川が動きを止めてため息を吐くと、にっこりと笑った。  誰のせいで待たせてると思ってんだっ……!!!  雪夜の手首を掴んでいた緑川の手が緩んだので、腕を振り下ろして全身で緑川を突き飛ばした。  雪夜は、よろめいた緑川が足元にあった資料につまづいて派手に転ぶのを見下ろしながら、荷物を拾った。 「……失礼しますっ!!」  そのままそこにいたら、分厚い図鑑で思いきり殴ってしまいそうで……怒りを押し込めて急いで部屋を飛び出した――…… ***  ――あの日のことは、夏樹さんにも話していない。  言えるわけがない……  これは……俺の問題だ……  俺がゲイのせいで……俺がぼんやりしてるせいで……緑川に目をつけられたんだ……    どうやら俺は気持ちが顔に出やすいらしいので夏樹さんにバレないか心配だったが、ちょうどその日はご褒美デートの話になったので、俺も気持ちを切り替えることができた。  最初は、もう緑川のバイトは辞めようと思った。  緑川が何を考えているのかわからないし、また……あんな風に押さえ付けられたらと思うと、ちょっと怖い……  でも、バイトはもう少しで終わるし、途中で辞めたら何だか……自分にも緑川にも負ける気がして……  自分の性的指向がバレるのが怖くて周囲に隠し続けてきたが、こんな自分を愛していると言ってくれる夏樹がいる。  その夏樹のことを、あんな……興味本位で雪夜を弄んでる酷い男みたいに決めつけられて、おめおめと逃げるようなことはしたくない!だって逃げたら認めているようなものだし!  それに、緑川は佐々木たちのことまで口にしていた。  興味があるのは雪夜にだけっぽいことを言っていたけど、だったらわざわざ佐々木たちが付き合ってることまで確認してきたのはなんでだ?  雪夜が下手に逃げたら今度は佐々木たちに矛先を向けるかもしれない……それは絶対に阻止したい。  佐々木たちや夏樹さんを巻き込むわけにはいかない……  緑川とは学部も違うので、バイトさえ終われば顔を合わすことはない。  大学内ではあれ以上変なことは出来ないだろうし……きっと大丈夫だ。 ***  他のバイトもあるのでなかなか時間が合わず、結局次に緑川のところに来たのは一週間以上過ぎていた。  また雪夜から連絡が来るとは思っていなかったらしく、緑川は驚いた表情で雪夜を迎え入れた。 「バイトは最後までするけど、バイト中は俺の半径1m以内に近寄らないでください。もし近寄れば、セクハラで訴えます」  雪夜は他にもいろいろと約束事を決めて、全て緑川に承諾させるとそれから片づけの続きをした――  一応今のところは、約束した通り緑川が雪夜に触れてくることはない。  ただ、さっきのように軽口を叩いてイラつかせてくることはある。  ホント……何考えてるのかわかんない…… ***

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