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どんなに暗い夜だって… 6-5(雪夜)
「お疲れ様でした~」
今日のバイトはパン屋の新装開店期間限定スタッフだった。
19時までの予定だったが、予想以上に大入り満員だったのであっという間に売り切れてしまい予定よりも2時間近く早く終わった。
佐々木のバイトが終わるまでまだ時間あるし……ちょうどいいから何か夏樹さんにプレゼントできそうなものがないか見てみようかな。
いつも夏樹には貰ってばかりで、雪夜からは何もプレゼントをしたことがない。
雪夜はあの事件のせいでほぼ無一文状態なので、夏樹にプレゼントをするどころか、お小遣いを貰う有り様だ。
でも、夏休みに入って短期バイトをせっせとしていたおかげで、ようやく少しお給料が入った。
雪夜は、お給料を貰ったら、まず一番に夏樹さんにプレゼントを買うと決めていた。
決めていたのだが……何を買ったらいいのかわからない……
一緒に住んでいるのに、夏樹の好きなもの、欲しいものがよくわからない……
ネクタイ……ネクタイピン……シャツ……う~ん……時計……は無理だな……
そもそも、夏樹さんが身につけているものはお洒落で高そうなブランド物ばかりで……俺の手が届くようなものじゃないんだよな……
雪夜は、いろんな店をウロウロしながら、あれでもないこれでもないと考え込んでいたので、すぐ隣にあの人が来ていることに気がつかなかった――
***
「ねぇ、そこの可愛いきみ。良かったら僕とお茶でもどうかな?」
「ぅ~ん……」
「お~い……雪夜君?」
「……へ?わっ!ちょ、え、なんでっ!?」
名前を呼ばれて初めて、自分の隣に緑川がいることに気がついた。
驚いた勢いで後ろに倒れそうになったのだが、緑川に腕を掴まれ引き寄せられたのでなんとか倒れずにすんだ。
「おいおい、大丈夫かい?そんなに驚かなくても……僕、さっきから声かけてたよ?」
「えっ、すみません……ちょっと考え事してて……っていうか、もう放してください。約束忘れたんですか?」
驚きすぎて普通に話していたけれど、考えてみたらこれ半径1m以内に近づくどころか触ってるし!!
急いで緑川の手を振り払う。
「あれはバイトをする時の約束でしょ?バイト以外の時まで有効とは言ってなかったよね」
「バイト以外の時もずっと有効に決まってるでしょ!なに屁理屈言ってるんですか!」
「それは後付けだろ?今は通用しませーん」
せーんって……いい歳した大人が何言ってるんだか……
呆れて思いっきり顔を顰めた雪夜を、緑川はにこにこしながら見て来る。
この人のノリ……なんか苦手だ……
「はぁ……そもそも、なんでここにいるんですか?ストーカーですか?」
緑川には言うだけ無駄のようなので、余計な労力を使うのを諦めた。
そんなことより、さっさと緑川から離れないと……
まさか大学以外の場所で会うとは予想もしてなかったので若干テンパっていた。
「ストーカーだなんて……ひどいなぁ。たまたまだよ。あっちの喫茶店でお茶してたらちょうど雪夜君を見つけてね、しばらく様子を見てたんだけど、なんか悩んでるみたいだったから声をかけてみた」
「見るだけにしてほしかったですね」
ホントは見るのもやめて欲しいけど!!
「そんなつれないこと言わないでよ。ところで、何してたの?」
「……プレゼントを……探してました……」
「それって、ノンケの彼氏に?」
「……そうです。俺の、彼氏に!!」
わざわざ『ノンケの』ってつけるなよっ!!!
っていうか、俺もなに律儀に答えてるんだよっ!!
無駄に真面目な性格のせいで、先生に聞かれたらちゃんと答えなきゃいけないような気がして反射的に答えてしまう……
「一緒に探そうか?何にするか決めかねてるんでしょ?」
「大丈夫ですっ!自分で選びますからっ!!!」
食い気味に断る。
「でも、きみかれこれ1時間はここでウロウロしてたよね?」
「ぅ……じゃ……じゃぁ、一応参考までに……大人の男性って……どんなものをプレゼントされたら嬉しいんですか?」
強がってみたものの、このままではいつまでたってもプレゼントが決まりそうにないので、とりあえず緑川に聞いてみる。
「ん?プレゼントねぇ……そりゃ裸でフリフリハートのエプロンつけて出迎えてくれたら嬉しいかな。で、後ろにバイブ入れて用意してくれてたらもう最高だよね!――」
緑川が、女子に人気のまあまあ良い顔(夏樹さんには劣るけど!)と、良い声(夏樹さんには劣るけど!!)で、とんでもないことを爽やかな笑顔と共に言い放った。
「せ……先生の性的嗜好には興味ないですっ!!」
いわゆる裸エプロンってやつじゃんかっ!!しかもバ……バイブってっ!!!
自分でも一気に顔が熱くなったのがわかった。
怖がりの雪夜に合わせて、かなりスローペースで進めてくれる夏樹のおかげで、雪夜はまだほとんどノーマルなセックスしかしたことがない。
つまり、バイブなどの大人のおもちゃは実際に使ったことも、実物を見たこともない。
一応、自分なりにいろいろと勉強はしているので、そういうおもちゃがあることは知っているけれど……自分で使う勇気はまだない。
それにしても、いくら声を潜めているとはいえ、こんな人の多い場所でそんなことを口にするなんて……!この先生大丈夫か!?
周囲に聞かれていないか心配になって思わず挙動不審になってしまう。
一方、緑川は堂々としたもので、むしろ焦る雪夜の様子を面白がっていた。
「いや、でも恋人にこれしてもらうのは男のロマンだと思うけどなぁ……別に僕だけの特別な嗜好ってわけじゃないよ?」
え、夏樹さんもそういう……えっちなおもちゃとか使いたいとか思ってるのかな……
って、プレゼントってそういうことじゃないしっ!!
しっかりしろよ俺!!……緑川の変態嗜好に流されるところだったっ!
「……先生に聞いた俺がバカでした。やっぱり自分で探します」
「あ~待って待って、真面目に考えるからっ!!え~と……その彼氏の好みとかは?」
緑川は、向きを変えて歩き出そうとした雪夜の腕を掴んで引き留めた。
「……それがわかれば苦労しませんよ」
「え、好み知らないの?付き合ってるのに?……じゃぁ~、普段身につけてるものとかは?」
緑川の言葉がグサグサと胸に刺さる。
そうだよね……付き合ってるのに……なんでわからないんだろう……
「普段身につけてるのがブランド物が多くて……俺、今そんなに手持ちのお金がないから……」
「あぁ……ブランド志向か……う~ん、それじゃぁ――……」
緑川は、最初こそふざけたが後は意外にも真面目に考えてくれた。
***
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