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どんなに暗い夜だって… 6-6(雪夜)
「こういうのも、いいんじゃないかな?」
「これって、貰って嬉しいですか?」
「うん、まぁ、僕はいらないけどね。でも、恋人に貰ったらどんなものでも嬉しいと思うけどねぇ……」
夏樹は優しいので、きっと何をプレゼントしても喜んでくれるだろうとは思う。
だけど……それに甘えて適当なものをプレゼントするのはイヤだ……
緑川と話しながらふと2軒向こうの店先に視線を向けて、雪夜はヒュッと息を短く吸い込んだ。
「雪夜君?どうかし……」
「シーッ!!ちょっとこっち来てください!!」
緑川の口を手で押さえて黙らせる。
腕を引っ張って物陰に隠れると、緑川を奥に押し込んで雪夜は少しだけ頭を出して様子を窺った。
「何?何から隠れてるの?」
「いいから、黙って下さいっ!」
雪夜の視線の先には……夏樹がいた。
後ろ姿だが、いつものように周囲の視線を集めているし、何より雪夜が夏樹の後ろ姿を見間違う筈がない……
普段なら、こんなところで偶然夏樹に出会えたら嬉しくて飛びついて行きたいところだが、今日の夏樹は一人ではなかった。
最初は夏樹の陰になって見えなかったが、小柄で可愛らしい女の人と一緒にいるのだ……
雪夜は時計を見た。
まだ夏樹さんは仕事中のはずなのに……会社の人かな……でもあの人、服装が……スーツじゃないよね……
「ふ~ん?もしかして、あれが彼氏?」
「ぅわっ!?」
緑川に耳元で囁かれて一瞬叫びそうになり慌てて口を抑えた。
雪夜に顔を近づけながら、緑川もこっそりと隙間から向こう側を覗いた。
「相手は知ってる人?」
「……知らない人です……」
だいたい、雪夜が夏樹の知人で知っているのは、吉田だけだ。
「たぶん、会社の人……か、友達だと思います……」
「それにしては親密そうだけど?ほら、あんなに顔近づけて話してるよ?」
緑川が言うとおり、二人はやけに親しそうで、時々見える夏樹の横顔も表情が穏やかだ。
出先で知らない女性に話しかけられた時の面倒くさそうな作り笑顔じゃない。
女が少し背伸びをして内緒話をするときのように夏樹の耳に口を寄せようとする。
夏樹がそれを見て、自然な仕草で少しかがんで相手の背に合わせた。
ただそれだけなのに……なぜか胸がズキンと痛んだ。
女が顔を離すと、夏樹が一瞬固まって、興奮気味に少し大きめの声を出した。
「えっ!?子ども!?…………がパパになるの!?……が?……バカ……も……嬉しいに決まってるだろ!!……うん……大丈夫だって……」
部分的にしか聞き取れなかったけれど、それは確かに聞きなれた夏樹の声だった……
そして、夏樹が嬉しそうな笑い声と共にその女を軽く抱きしめた……
え……子ども……?
「あ~らら……子どもってもしかして、彼氏君の子どもかな?あの喜びようだと……そうっぽいよね」
一緒にのぞき見をしていた緑川が、それみたことかという顔で雪夜を見る。
「……っ」
「あれ、雪夜君っ!?ちょっ……!!」
雪夜は、言い返す余裕もなくて、緑川を押しのけると無言でその場を後にした――
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