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どんなに暗い夜だって… 6-10(夏樹)

 夏樹はシャワー後、タオルで身体を拭きながら、ポケットの中を確認するために洗濯機から服を取り出した。  たまに雪夜がポケットにレシートや小銭を入れたまま洗濯機に放り込むからだ。 「……ん?」  シャツについてきたバスタオルを何気なく手に取って、眉を(ひそ)めた。  バスタオルに赤黒っぽいシミがついている。  ひとつひとつのシミはそんなに大きくないが、やけにシミがついている範囲が広い。  これって……血……だよな?  夏樹はまだタオルを使っているので、先に入っていたこれは……雪夜が使ったものだ……  バスタオルを洗濯カゴに投げ入れて寝室に駆け戻ると、眠っている雪夜の服を(めく)った。 「っ……!?」  夏樹はヒュッと短く息を吸った後、しばらく呼吸ができなかった。  キーンと耳が膜を張ったようになり早鐘を打つ心音が脳に響いてうるさい…… 「ゆき……や……?」  ちょっと待てよ……なんだよこれっ!!!  雪夜の白くて絹のような綺麗な肌が……全身擦過傷(さっかしょう)と爪痕で真っ赤に腫れていた。  誰かに襲われた!?  いや……それにしては傷のつきかたが変だ……これ……もしかして雪夜が自分で……?  あの事件の時も雪夜の肌についた手の痕を見て心臓が止まりそうになったが、あの時は一応何が起きたのかは知っていた。  でも、今回は……  雪夜は睡眠薬のおかげで深い眠りについているので、夏樹が何をしようが起きる気配はなかった。  夏樹は、微かに震える指先で雪夜の服を脱がせるとほんのりと熱をもった雪夜の肌を隅から隅まで確認した。  擦過傷に隠れてわかりにくかったが、夏樹がつけていないところに1か所……キスマークがあった。  しかも、服を脱がないと付けられない場所だ。  暗闇を怖がる雪夜のためにいつも照明をつけて抱いているので、雪夜の身体のことなら常に隅々まで把握している。  何より、自分がどこにキスマークをつけたかくらい覚えている……  雪夜がこんなに自分を傷つけたのは、このキスマークのせいか……  強姦(レイプ)?いや、でも、後ろは傷ついてないし腫れてもない……手首が少し赤くなってるけど……  まさか、例の緑川ってやつか!?  でも、今日は大学のバイトじゃなかったはずだし……  あ~くそっ!!!一体何があったんだよっ!?  なんで俺に何も連絡してこなかった!?どういうことだよっ!!!  何が起きたのか把握できていない苛立ち、自分自身への憤り、そして……雪夜をこんなに傷つけたやつへの怒りと憎悪で脳が焼ききれそうだった。  何があったのかはわからないが、確実にキスマークをつけたやつがいる。  雪夜の身体に触れたやつがいる……俺の……雪夜に……っ!!  この傷痕は、雪夜自身の心の傷だ……  これだけのことがあったのに発作が起きていないのは()せないが、さっきの薬で無理やり抑え込んだとも考えられる。  それに、この傷痕がもう発作のかわりみたいなものだろう。  ――その時、雪夜の携帯が光っているのが見えた。  普段なら雪夜のプライバシーを侵害するようなことはしない。  でも、緊急時は別だ。  携帯を調べれば、何があったのかわかるかもしれない……  夏樹はメールを読み終わると、ゆっくりと顔を上げ、眉間に皺を寄せてスッと目を細めた。  奥歯を噛みしめ怒りを飲み込むと、大きく深呼吸をして自分の携帯から一本電話をかけた。  その後、雪夜の全身にたっぷりと薬を塗って服を着せると、雪夜をそっと抱きしめて髪に顔を埋め「……ごめん……」と呟いた――…… ***

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