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どんなに暗い夜だって… 6-20(雪夜)
「……こっちにおいで、雪夜」
黙って話を聞いていた夏樹が雪夜に手を差し出した。
今すぐその腕の中に飛び込みたい衝動に駆られるが、拳を握りしめて小さく頭を振った。
涙を堪えて微笑むと、立ち上がった。
だって、泣いたら……夏樹さんは優しいから……
「ごめんなさい……俺……あの……明日にでも出て行きますね……」
「雪夜?」
「あ、あの、大丈夫です!ネカフェじゃないですから!しばらくは佐々木のところにでも……置いて貰うから……だから俺のことは心配しないで下さい!」
だって、こんな俺じゃ、もう夏樹さんの傍にはいられない。
今の俺は……ただの役立たずの居候でしかない……いや、それは最初からだけど……
俺がいなくなれば、夏樹さんはきっと普通の幸せを手に入れる。
それだけのことだ。
夏樹さんには俺じゃなくても相手がいっぱいいるから……
黙って出ていくことも考えたけど、それだと夏樹さんに余計な心配をかけてしまう。
ちゃんと今までのお礼を言って、自分の意思で出ていくって言えば、心配しないでしょ?
元々この同棲だって、新しい部屋が見つかるまでって話だったのに、夏樹さんが優しくて、思った以上に居心地が良くて……夏樹さんの好意に甘えて居続けてしまっただけなんだし……
なんか……俺夏樹さんには……こんなのばっかりだな……
恩を仇で返すってこういうことを言うんだっけな……
「夏樹さん……俺、迷惑ばっかりかけちゃって……ごめんなさい……」
お礼も……言わなきゃ……でもなんだか、夏樹さんには……いろいろ申し訳なくて、謝罪の言葉しか出てこない……
「……もういいから。とりあえず雪夜はちょっと落ち着こうか」
夏樹がため息を吐きつつ雪夜の手首を掴んでグイッと抱き寄せた。
「ぅ……っ……!?」
一瞬、息がとまりそうなくらい強く抱きしめられる。
「雪夜の言い分はわかった。でもね、雪夜はいつも勝手すぎるんだよっ!ひとりで勝手に結論出して、俺の気持ちまで勝手に決めつけて……突っ走り過ぎ!」
夏樹が少し声を荒げる。
いつもよりも乱暴な仕草に、声に、夏樹がイラついているのがわかった。
イラついているのに……抱きしめる腕は温かくて……優しくて……
「だ……って……」
「だいたいね、何で雪夜が出て行く流れになってるの?ここは出て行かせないよ?俺は二度と雪夜を手放す気はないし、別れる気なんて更々ないからね!?」
「だ……けど……」
「それとも……怖くなった?俺のこと」
「……え?」
夏樹が不安そうな顔で、雪夜を見つめて来る。
夏樹さんのことが怖くなった?何でそんなこと思うの?
予想外の夏樹の言葉に驚いて、さっきまで必死に堪えていた涙が引っ込んだ。
むしろ、今は夏樹の方が泣きそうな顔をしている。
何で夏樹さんがそんな顔してるの?
「あの……夏樹さん?一体何の話ですか?」
「だから……さっき俺、助けに入るなり雪夜に怒鳴 っちゃったし、あいつに暴力振るっちゃったし……それに盗聴とかしちゃったし……怖がらせちゃったのかなって……もうこんな俺とはいたくない?」
「そんなことはないですっ!」
たしかに、盗聴器を仕掛けられてたのはビックリしたけど……でもそれもこれも……
「あれは全部俺が悪いんだもの……夏樹さんは何も悪くないです。むしろ、夏樹さんにあんなことさせちゃって……ごめんなさいっ」
夏樹さんに、そんな辛そうな顔をさせちゃって……ごめんなさい……
「……俺のことは怖くないの?」
「怖くないですよっ!」
「じゃあ、俺といてくれる?」
「当たり前じゃないですかっ!」
「俺のこと好き?」
「当たり前じゃな……え?」
「好き?」
「……っ」
別れるつもりなら、この家を出て行くつもりなら、嘘でも「怖い」って言った方が良かったのかもしれないけれど、夏樹さんにはそんな嘘を吐きたくない……だって……
本当はずっと一緒にいたいんだもの……
本当は大好きなんだもの……
「……好き……大好きです……当たり前じゃないですか……っ」
「俺も……大好き」
夏樹がまだ少し辛そうな顔のまま、ふわっと笑った。
「大好きなんだよ、本当に――……」
***
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