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どんなに暗い夜だって… 6-24(夏樹)
静かな室内に夏樹の携帯のバイブ音が鳴り響いた。
夏樹は画面を一瞥 すると、先ほど眠りについたばかりの雪夜のこめかみに軽く口付け、そっとベッドから出た。
「はい。夏樹です」
「お待たせ~。後始末は無事終わったよ。なっちゃんがぶっ壊した扉も直しておきました。で、あの先生が雪夜君に何をしたかだけど、どうやら、キスとキスマークつけただけっぽいよ。雪夜君の反応が面白いから意味深にからかっただけなんだって。『っざけんなっ!!』って感じだよね~、わかるわかる。あの先生についてはもう雪夜君とその周辺には手を出せないようにしてあるから、心配いらないよ。まぁ、もうちょっとこっちで――……」
緊張感のない声で、裕也 が一気に喋る。
途中で遮 ると話の内容がごちゃ混ぜになってしまうので、とりあえず裕也が全部話終わるのを待つしかない。
裕也との会話は、タイミングが難しいのだ。
「すみません、裕也さん。いろいろとお手数おかけしました」
「いいのいいの~。久しぶりになっちゃんに会えて僕は嬉しかったよ。またお店の方にも顔出してよ。みんなも会いたがってるから~」
「ありがとうございます。またそのうちに寄らせてもらいます」
「うんうん。あ、今日の盗聴データはそっちのパソコンに送っておいたから、後で聞くといいよ」
「え?盗聴内容ですか……?」
「うん、ちゃんと良いところ編集してあるからね。あれは絶対に聞いておいた方がいいと思うよ」
「はい、わかりました」
「それじゃぁ、白季の親父さんにもよろしくね~」
「伝えておきます。失礼します」
電話を置くと、長い息を吐いた。
雪夜に説明した通り、裕也は何かと頼りになる。
佐々木から聞いて緑川に目をつけた後、夏樹はすぐさま裕也に連絡をした。
夏樹の相談を受けて、裕也はあっという間に緑川について調べ上げた。
そして、緑川の性癖からセクハラの可能性があるとあたりを付け、雪夜に盗聴器を仕掛けるよう指示してきた。
今までの盗聴は裕也がしてくれて、気になる動きがあればすぐに夏樹に連絡が入るようになっていた。
今日は、恐らく緑川が何か動きを見せると踏んで、夏樹も最初から待機していた。
裕也とは簡単な打ち合わせしかしていない。
だから、夏樹が雪夜を連れて研究室を出た後のことについては、夏樹は一切関知していない。
裕也は相手の弱味を握るのが得意なので、口を割らせるのも得意だ。
口の割らせ方は、対象が裕也の好みかどうかで明暗が分かれる。
緑川は裕也の好みの顔をしているので、恐らく物騒なことにはなっていないはずだ。
そうして得た情報は、後で裕也が夏樹に知らせるべきだと判断したことだけ知らせてくれる。
裕也と上手く付き合うには、深く突っ込まないに限る。
***
あの時、裕也には証拠になりそうな音声データが録れるまでもう少し我慢しろと言われたが、雪夜の悲鳴を聞いた瞬間、頭に血が上り裕也の制止を振り切って飛びこんでいた。
それで良かったと思う。あれ以上待っていれば、確実に雪夜のトラウマが増えていた。
キスとキスマークだけ?意味深にからかっただけ?緑川にとっては軽い遊びだったのかもしれないが、繊細で脆 い雪夜は思わせぶりな緑川の言動だけで十分過ぎる程に傷ついた。
夏樹は雪夜に、緑川には何もされていないと言ったがあれはもちろん嘘だ。
あの時点では裕也からの連絡はまだ受けていないので夏樹には真相はわかっていなかった。
ただ、キスマークを付けられていたのだから、緑川が雪夜の身体に触れたことは確かだ。
だが、緑川のキスを思い出して嘔吐している雪夜を見て、やはり嘘をついて良かったと思った。
だいたい、確証がない状態でもあんなに自分の肌を傷付けたのだ。
キスマークをつけられたなんて知ったら、それこそ自分で皮を剥ぐか消息不明になりかねない。
冗談抜きで雪夜ならやり得るから怖い。
やっぱり緑川は骨の一本や二本折っておくべきだったか……
***
雪夜の無謀な行動には冷や冷やする。
雪夜がひとりで抱え込む性格なのはわかっている。
雪夜の中では、何でも話せる相手は夏樹じゃない。
それは仕方ないと思う。
恋人と友人なら、どうしても友人の方が上に来るときがある。
その友人にも言えない程のことなら尚更、夏樹に言えるはずがないとわかっている。
だから、裕也に助力を得た。
それでも、やはり雪夜から直接……頼って欲しかった……
いつまでたっても雪夜に頼られない自分に苛立つ。
結局、雪夜にとって俺はそんなに頼りがいのない存在なのだろうか……と、不安になる。
他の男に少し触られたというだけで、もう俺と一緒にいられないと思いつめる雪夜がいじらしくて愛おしい。
だけど、そんなに俺のことを想ってくれているくせに、俺に頼らないってどういうことだよっ!!!と叫びたくなる……
雪夜のためなら何でもするし、何があっても助けに行くけど……
俺は万能じゃない。
雪夜から言ってくれないとわからないこともある。
むしろ、わからないことだらけだ……
ひとりで何でも解決しようとしないで欲しい。
「お願いだから……ちゃんと守らせて……」
雪夜の髪を撫でながら、小さく息を吐いた――……
***
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