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どんなに暗い夜だって… 7-5(雪夜)

「それで、遊園地はどうだったの?」  前を見つめながら、夏樹が話しの続きを促して来た。 「え?あ、あのね、え~と……俺ね、遊園地も水族館と一緒で小さい頃に行ったかもしれないけど記憶にある限りでは初めてで……え~と……ちょっと待って下さいね……あの、どこから話したらいいですか……?」  夏樹に連れて行ってもらった水族館はめちゃくちゃ楽しかったけど、今日の遊園地もめちゃくちゃ楽しかった。  雪夜は子どもの頃のトラウマのせいで人の多いところには行けなかったので、お祭りも水族館も遊園地も、自分が覚えている限りでは佐々木たちや夏樹と行ったのが初めてだ。  だから全てが新鮮で入場ゲートからもう大興奮だった。  話したいことはいっぱいあるけど、雪夜にとってはすごいことで、めちゃくちゃ楽しくて面白かったことでも、何回も行ったことのある人にしてみれば、どうってことないのかもしれない……  そう考えたら、夏樹にいったい何をどう話せばいいのかわからなくなった―― 「どこからでもいいよ?雪夜が楽しかったこと、びっくりしたこと、怖かったこと、全部聞きたいから、いっぱい話して。時間はたっぷりあるからね」  夏樹は、言葉に詰まった雪夜に優しく微笑んだ。  ごちゃごちゃと考えすぎてしまう雪夜の悪いクセなど、夏樹には全部お見通しというわけだ…… 「でも、運転の邪魔になりませんか?」 「大丈夫。話してる方が眠気覚ましになるから」  隣で話していたら集中できないのかと思ったけど、そうじゃないのか…… 「じゃあ、えっと~……ん?っていうか、怖かったことってなんですか!!俺お化け屋敷で怖がってなんかないですからね!?」 「ん~?俺は別にお化け屋敷とは言ってないよ~?お化け屋敷怖かったの?っていうか、お化け屋敷入ったんだ?」  赤信号で停止した夏樹さんが、雪夜をチラッと見てニヤリと笑った。  しまった!! 「あ゛……ぅ~……入ってません……だって、相川たちに中は凄く暗いって言われたし……それに、なんかね、ゾンビとか出て来るって言われたし……べ、別に看板見て怖かったからやめたわけじゃないですからね!?」  あ~もぉ~!これは話すつもりじゃなかったのにぃ~!!  だって、この話したら俺が怖がりみたいだし……そりゃ、怖がりじゃないのか?って聞かれたら……怖がりですけどっっ!!! 「ふっ……っんん゛……わかったわかった……っ」  夏樹が一瞬吹き出しかけて、むりやり堪えた。 「なに笑ってんですか~?」 「笑ってないよ?……っふふっ……」 「笑ってるじゃないですかぁ~!!」 「ごめんって。だって雪夜がどんどん自滅していくからっ……ふっ……くくっ……」 「ぅぐぅ~…………」  めちゃくちゃ笑われてるし……と、むくれかけたが、なんだか夏樹さんが笑ってくれるならいいやと思えてきた。 「ん?どしたの?」 「え?何がですか?」 「いや、また拗ねちゃったかと思ったのに笑ってるから」 「拗ねるっていうか……自分でも墓穴掘ったなと思いましたけど……ん~と……なんかね、今日は夏樹さんがいっぱい笑ってくれてるから、嬉しいな~って……」 「え、俺そんなに普段笑ってない?結構笑ってると思うんだけど……」  夏樹がちょっと面食らった顔をして自分の顔を撫でた。 「いや、普段からよく笑ってくれてますよ?でも、そういう爆笑してるのとかはあんまりないから――……」  夏樹は基本的に雪夜といる時はいつも優しく微笑んでいる。  最初は誰にでもそうなのかと思ったが、付き合っているうちに雪夜以外の人と話す時にはあまり笑っていないことに気がついた。  特に女性に話しかけられると、あからさまに「迷惑です」と言っているような作り笑顔をしたり、目が笑っていなかったり……  だから、雪夜が見ている夏樹の微笑みは、特別感があってちょっとした優越感を味わえる。  夏樹の笑顔は温かくて、なんだかほっとできるから大好きだ。   「あ~……爆笑はたしかにあんまりしないかなぁ……」  夏樹は、雪夜が変なことをした時は、よく吹き出す。  でも、声を出すほど爆笑することはほとんどない。 「でしょう?」  なんにせよ、夏樹が愉しそうで機嫌がいいのを見ると、雪夜も嬉しい。 「ん~……昔はほとんど笑わなかったんだけどね。社会人になって愛想笑いを覚えたかな」  夏樹が少し考えた後、昔に思いを馳せるように遠い目をした。 「愛想笑い……ですか?」  あれ?……じゃあ俺がいつも見てたのも愛想笑いだったの?  特別感がある~とか思ってたのに……全然特別じゃなかった?  うわぁ……俺一人で勘違いして……恥ずかしぃ~……   「あ、さっきのは違うよ?雪夜に愛想笑いしたことはないから」  しょんぼりした雪夜の雰囲気を感じたのか、夏樹がちょっと慌てた。 「あのね、俺をこんなに笑わせられるのは雪夜だけなんだからね?」 「え?」 「雪夜が笑うとなんかつられて笑っちゃうんだよ。一緒にいると楽しいしね……あ~……えっと、そうだっ!ところで、あのぬいぐるみは一体どうしたの?」  夏樹がちょっと照れ隠しに首の後ろをポリポリと掻いて、話を戻した。  夏樹さんを笑わせられるのは俺だけ……え、じゃあやっぱり俺は特別!?  なんだか嬉しくて、にやけてしまった―― ***

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