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どんなに暗い夜だって… 7-8(雪夜)

「……や、雪夜、起きて!」 「ん……夏樹さん?」 「おはよ。着いたよ」  目を開けると、助手席のドアを開けて夏樹が立っていた。  道中、夏樹に今日の出来事をひたすら話しまくっていたのだが、どうやら途中で雪夜は眠ってしまっていたらしい……  車のシートが少し倒されていた。たぶん、夏樹さんが倒してくれたのだろう。  起き上がってみると、車の外は真っ暗だった。  え、ここどこ? 「あの……夏樹さん、ここは……?」 「う~ん、まぁ山の上?ちょっと出て来れる?」  言われてみれば、途中、山道を走っているような感覚はあった。  とりあえず夏樹の手を取り車から降りようとしたが、夏樹の背後の暗闇を見た途端、動けなくなった。  山の中……暗い……怖い……  雪夜の頭の中に、山で迷子になった時のことがフラッシュバックしてきた。   「雪夜!!俺の方見て!」 「んっ!?」  トラウマを思い出しパニックになりかけていた雪夜に、夏樹がキスをした。  優しくあやすようなキスに、不安だった心が落ち着いていくのがわかった。 「……なつ……きさん?」 「大丈夫だから、俺だけ見て?雪夜、俺は雪夜を置いていったりなんかしない。山の中で一人になんかしないよ。ね?」 「はい……」  夏樹は、優しく微笑むと、雪夜を抱き上げた。 「え、あの夏樹さん!?」 「怖かったら俺に抱きついてて。俺は絶対離さないから」 「はいっ……」  夏樹が何をしたいのかわからないけれど、夏樹は誰よりも雪夜のトラウマに敏感だ。  その夏樹がわざわざこんな場所に連れてきたということは、何か余程のことがあるのだろう。  雪夜は夏樹を信じて、首にしがみついた。    助手席のドアを閉めると、しばらくして車の室内灯が消えて辺りは真っ暗になった。  夏樹は、雪夜を抱っこしたまま車のボンネットに軽く腰かけた。  どうやら、どこかに移動するわけではないらしい。  雪夜は、夏樹にしがみつく腕に力を込めた。  今抱っこしてくれているのは、夏樹さん。  たとえ真っ暗で何も見えなくても、それだけは確か。  温もりも、息遣いも、匂いも、雪夜の大好きな夏樹さんのものだ。  今の雪夜には、それが全てだった―― *** 「雪夜、上見てごらん?」 「え?上?」  夏樹の首元に顔を埋めていた雪夜は、言われるまま上を見た。 「目が慣れてくればわかるよ。ゆっくり瞬きしながらしばらく見てて」  慣れてくれば?  空なんて真っ暗なだけで……  訝しく思いながらも言われた通りに、ゆっくりと瞬きを繰り返す。 「ああっ!!」  雪夜は何回目かの瞬きで目を開いた瞬間息を呑んだ。  真っ暗だと思っていた空は、  一面が星に埋め尽くされていた―― 「……すごい……」  写真やテレビで見たことがある、夜空一面を埋め尽くす星。  あんなの、天体望遠鏡じゃないと見られない世界だと思っていた。 「ここ、周りに余計な光があんまりないから、星が綺麗に見えるんだよ。それに今日は新月だから、よりはっきりと見えるでしょ?」 「すごい……スゴイスゴイッ!!何これ何これ!!!これって本物ですか!?」 「うん、本物だよ。スゴイよね」  スゴイしか言葉が出てこない……  これ何て表現するの!?  すっごいキレイ!?  ……って、やっぱりスゴイって言ってるし!! 「あれっ!あの星大きい!!あっ、こっちの星ちょっと赤いっ!!」 「うん……え、どれ?あぁ、あれね。あの大きい星三つ繋げて夏の大三角形だね……あの赤いのは――」  雪夜の乏しい語彙の羅列やバカな質問にも、夏樹は真面目に答えてくれる。  ちょっと笑ってるけど。 「あっ!!夏樹さん!これって、もしかして天の川とかも見えますか!?」  七夕の時によく聞く“天の川”  子どもの頃から、本当にそんなものがあるなら見てみたいとずっと思っていた。  星を散りばめた川って一体どんな素敵な川なんだろう… 「見えるよ?っていうか、雪夜もさっきから見てるよ」 「……え?」 「この頭の上にあるのがそうだよ」 「え……ぇえええええっ!?」  雪夜は真上を見上げて思わず叫んだ。  頭の上の何だか少し(もや)がかかったようなものが天の川だったらしい。 「小さい星の集まりが帯状になって川みたいに見えてるんだよ」  確かに帯状?になっているけど……  雲かと思ったら小さな星の集まりだったのか!! 「星が多すぎて……なんかよくわかんない……」  想像していた天の川とはちょっと違うかったけれど、うん、天の川もスゴイ!! 「あはは、たしかに、これだけ星が見えちゃうとあんまり目立たないね」 「うん!」  星が多すぎて、暗いのに眩しい。  ずっと見ているとこのまま星が降ってきそうだ…… 「あっ!夏樹さん、流れ星!!」 「ん?」 「見ました!?あそこっ!流れ星がね、スーッてね!?……俺、流れ星って初めて見たぁ!!」 「願い事できた?」 「あ……、一瞬だったから願い事言えなかったぁ~……」 「これだけ星が見えてるんだから、また流れると思うよ?」 「え、そうなんですか?じゃあ、今度こそ願い事言う!!」 「ちなみに、願い事って何?」 「え?これからも夏樹さんと一緒にいられま…………あっ!……違っ、あの……願い事は人に言っちゃダメなんですよ!?」 「んん゛?そうだね、ごめんごめん」  夏樹が笑いながら雪夜の肩に顔を埋めてきた。  全くもう!夏樹さんにつられて願い事言っちゃいそうになったじゃないか!  でも全部は言ってないから大丈夫だよね?叶うよね?  早く流れ星見つけなきゃ!!   *** 「……」 「どうしたの?」  流れ星を探して一人で大騒ぎをしていた雪夜が急に静かになったので、夏樹が心配してギュッと腕に力を込めてくれた。  それに答えるように、夏樹に抱きつく。 「ん~……昔俺が山で迷子になった時はね、木に囲まれてて葉っぱが邪魔をして空なんて見えなくて……夜になると真っ暗になって怖かったんですけど……あの時も木の上にはこんな星空が広がってたのかなぁ……って」 「……うん、そうかもしれないね」 「そっかぁ……」 「星はいつでも空にいるからね。昼間だって明るくて見えないだけで星は変わらずにそこにいる。だから、雪夜が真っ暗だと思ってたその時だって、もっと上を見上げてみれば星は見えたかもしれないね」  夏樹が低くて優しい声で雪夜に語りかけた。  そういえばあの時雪夜は……  木々の葉っぱが風に揺れて擦れる音が怖くて、上を見ると今にも木が襲いかかってきそうに感じて、怖くてずっと頭を抱えて俯いていた。  見えなかったんじゃなくて、雪夜が上を見てなかっただけ? 「そうなんだ……」  そうか……あの時も本当は真っ暗じゃなかったのか……  なぜか夏樹にそう言われると、本当にそうだったのかもと思えてきて少しだけ気持ちが楽になった気がした――…… ***

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