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どんなに暗い夜だって… 7.5-3(夏樹)
「ナツはすっかり真面目な社会人だなぁ。ちょっと前までツンツンしてたのにな~」
浩二の隣にいた短髪で漢らしい隆 が、爽やかな笑顔で夏樹の頭をグリグリと撫でて来た。
隆は腕のいい料理人だ。
一流店の料理長を務めたこともあるらしいが、実家が小料理屋をしているので、今はその店を継いでいる。
夏樹も魚の捌き方は隆に教えて貰った。
「ツンツンって何ですか……俺は昔から真面目ですよ」
あ~もぅ……髪がぐちゃぐちゃだよ……
手を払っても意味がないのは知っているので、気が済むまで大人しくされるがままになる。
「はは、真面目ねぇ……まぁ、俺らに比べたら真面目だったかもな。ナツは売られたケンカしか買わなかったからな」
「俺は兄さん方みたいに、ケンカが好きなわけじゃなかったんでね。降りかかる火の粉を払ってただけです」
この人たちの武勇伝は、嘘か真実かわからないものまで入れたら数えきれない程ある。
本人たちは現役を引退して今はまともで真面目な社会人になっているつもりらしいが、未だにその界隈では伝説として語り継がれている上、しょっちゅうその伝説を更新していっているのだ。
いい加減、世代交代をしてやればいいのにと思うが、まずこの人達を超えるようなやつは出てこないだろうなと思う。
一応、超える可能性が高い人物として夏樹が一番の有力候補に挙がっていたらしいが、夏樹自身は別に争うのが好きなわけではないし、この人たちに張り合おうとも思ってないし、高校で吉田に出会ってだいぶ性格が丸くなったので、幸い超えることはなかった。
「でも、そのナツが今回は自分から動いたんだろ?珍しいよな~……やっぱり恋人が絡むと人間変わるもんだなぁ」
隆が感慨深げに夏樹を見た。
「裕也さんから聞いたんですか……」
ジト目で裕也を見たものの、裕也に助力を得た時点で兄さん方には全部筒抜けだったことはわかっている。
「ごめ~ん、だって、みんなが話せって脅して来るからぁ~」
裕也が泣きまねをした。
おっさんのクセにそれがキモく感じないのが怖い。
裕也は未だに学生に紛れても違和感がないくらい童顔なのだ。
「なに言ってんだ。ユウが聞いて聞いて~ってみんなに召集かけてきたんだろうが」
隆が呆れた顔をして裕也を見た。
***
「裕也さん、先日は後始末お世話になりました」
裕也には、雪夜が緑川という大学の先生に襲われた一件で、いろいろと手を貸してもらった。
「あ~いいよいいよ~。あのセンセーには、たぁ~~っぷりとお仕置きしておいたからね」
「あ、はい……」
お仕置きがどんなものだったのかは知らないが、裕也が楽しそうな顔をしているので恐らく緑川は“調教”されたのだろう。
裕也は女も男もいけるらしくて、この顔でバリタチだ。
しかも、バリタチを食ってバリネコにしてやるのが好きというまぁまぁ歪んだ性癖の持ち主だ。
緑川もバイでタチ専だと雪夜が言っていたので……緑川はめでたく裕也に食われたということだ。
裕也に調教された人間は、そっちに目覚めることが多いと言うが……緑川は元々バイだしあまりダメージはなさそうだ。
雪夜にしたことを考えるとちょっと手ぬるい気がするけど……
「あ、あのセンセーならね、今は僕のストーカーになってるよ」
「……はい?」
「いや~、僕が調教した子はだいたい我に返ると元バリタチのプライドが許さないから僕には近寄らないんだけどねぇ……あのセンセーは珍しいタイプだね」
「なんだか迷惑かけてるみたいですみません……」
あの緑川が裕也のストーカーになっているというのは予想外すぎて、思わず謝ってしまった。
いや、なんで俺が謝ってるんだ?
「僕は全然大丈夫だよ~。適当にあしらうから」
裕也が手をひらひらと振りながら笑った。
まぁ、そうだよな。
裕也なら緑川に何かされても喜んで返り討ちにしてしまうだろう……
一瞬心配して損した……
***
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