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どんなに暗い夜だって… 7.5-4(夏樹)
「んで、なんか俺に用事があるんだって?」
晃 からスコッチを受け取った中性的な美形が、やけに色気のある仕草でグラスに口をつけながら夏樹を見た。
この人……素でコレだもんなぁ……
日本人離れした美貌と色気を持つ斎 は男から見ても目を奪われるなにかがある。
本人曰く、そのせいでいろいろと面倒事に巻き込まれてきたらしいが……
この見た目で、この中で一番強いとかもうチート過ぎるだろ。
まぁ、そのギャップが更に伝説に拍車をかけてるわけだけど……
「はい、実は――……」
夏樹が今日ここに来たのは、この斎と裕也に話があったからだ。
他のメンバーは特に呼んではいないのだが、副業はみんなで分担しているらしいし、斎が動く時は必ずみんなが動くので、他のメンバーも来ているだろうなとは思っていた。
仲良しメンバーには後もう一人いるが、今日は来ていないようだ。
斎はカウンセラーをしている。
主に、企業カウンセラーと、夜の仕事に就いている女の子たちの相談にのっている。
副業と言うのは、元々は斎が始めたらしい。
カウンセリングをしていく上で、いろんな相談を受ける。
その中には、警察に相談しても動いて貰えないけれど本人的にはひっ迫している事案がいくつもある。
そういう問題を、カウンセリングとは別に、裏から解決する手助けをしているのだとか。
斎がやると言えば、他のメンバーは何も言わなくても勝手に手助けをする。
傍から見れば何とも不思議な関係だが、このメンバーはみんな『八代斎』という存在に惚れ込んでいる。
彼らにとって斎は友人という以前に、絶対的な存在なのだ。
この店の看板代わりに描かれていた狼の絵も、斎の現役時代の通り名だった『シルバーウルフ』から来ている。
当時は金髪だったらしいが、月明かりの下で斎の髪が銀髪に見えたとか見えなかったとか……現役時代を知らない夏樹には真偽の程はわからない。
因みに、当の本人は、手伝ってくれるなら使えるものは何でも使うという感じで、あまりこのメンバーの中で自分がそういう特別な存在になっているとは自覚していない。
***
周囲がいろいろとからかってきて邪魔をしてきたが、いつものことなので軽くスルーしながら斎に相談をする。
「……ん、わかった。じゃあ、今度事務所に連れてこい。そうだなぁ……今のところ空いてるのは……あ、悪い。しばらく埋まってるわ。ん~どうすっかなぁ……」
斎は、企業カウンセリングが休みの日には一般のカウンセリングも受け付けている。
ほぼ年中無休で働いていることになるが、数年前は、寝る間も惜しんで深夜もずっといろんな相談に乗っていた。
ある事件がきっかけでそうなったらしい……
傍からみていて、よく倒れないものだと感心するくらいかなりハードで、ある意味荒んだ生活をしていたが、一人の女性との出会いによってその生活が変わった。
それが愛妻の菜穂子 だ。
最初その話を聞いた時は、あの斎が女のために生活を変えたなどと俄かには信じられなかったが、今ならその気持ちがわかる。
「相変わらず忙しそうですね」
「まぁ、昔ほどじゃねぇけどな。相談、夜でもいいか?夜だったら時間作れるぞ」
「いつでも大丈夫です。無理言ってすみません」
斎に頼んだのは、雪夜のことだ。
雪夜はここ数か月で立て続けにいろいろとあったせいで、精神的にかなり不安定になっている。
そのせいか、昔のトラウマがひどくなってきているのだ。
ただ、隣人トラブルの時のようにあまり表立って出てこないので、一見すると元気そうなのが余計に怖い……
例えば、本人は気づいていないが、夜眠る度にうなされては泣いて目を覚ましている。
夏樹は特に、その時のうわ言が気になった。
雪夜から聞いている話と噛み合わないところがあるのだ。
雪夜が昔から通っている心療内科の主治医に原因を尋ねたことがあるが、守秘義務があるので詳しくは教えて貰えなかった。
ただ、雪夜がいない時に主治医からコッソリと、雪夜自身が過去の記憶に疑問を持つような様子が見られたらすぐに連絡をくれと言われた。
過去の記憶に疑問を持つとは一体どういう意味なんだ?
ますます気になる……
「そんな難しい顔すんなって。心配なのはわかるけど、おまえまで一緒になって不安定になってたら支えてやれねぇだろ」
斎がふんわりと微笑んだ。
もう長い付き合いなので見慣れているとはいえ、斎が愛妻以外に素で笑いかけるのは珍しいので一瞬見惚れてしまう。
「あ……はい。わかってはいるんですけど……でも今回のは半分以上俺のせいだし……守れたはずなのに俺が悠長に構えてたせいで……なんか、俺……今まで別に自分に自信があったとは思ってないけど、それでもやるって決めたことは有言実行してきたのに……こんなに無力感を感じたのは初めてで……」
雪夜に出会ってからの夏樹は、手に入れたと思ったらすり抜けていく雪夜に振り回されてばかりだ……
でもそれを煩わしく思うどころか楽しんでいる自分に戸惑う。
自分だけを見て欲しいと駄々をこねる子どものような独占欲と、全てを包み込んで守ってやりたいと思う愛情のバランスが取れなくて、自分の気持ちが上手くコントロールできないことにイラ立ち、どうしたらいいのかわからなくなっていた。
本当は雪夜のことだけを相談するつもりだったのに、斎には早々に夏樹自身のそういう不安定な部分を見抜かれてしまったらしい。
吉田にも相談できない自分の弱い部分を、この斎にはさらけ出せる。
カウンセラーだからというよりは、何を話しても全て受け止めてくれるという絶対的な信頼感があるからかもしれない。
「そうか……俺も昔似たようなことがあったから、ちょっとその気持ちわかるよ。守ってやるって言ったくせに守れなくて、しばらく罪悪感と無力感に押しつぶされそうになった。俺が傍にいない方がいいんじゃないかって考えたこともあるけど……でも、何があっても手放したくないって、あいつから離れるなんてできないって思っちゃったんだよなぁ……」
斎がほろ苦く笑う。愛妻のことを思い出したのだろう。
斎のところは結婚する前にいろいろとあって大変だったらしいが、夏樹はそこら辺の詳しいことは知らない。
でも、全方位完璧人間の斎が守れなかったと言うのは驚きだ。
「斎さんでも守れないことなんてあるんですね」
「そりゃね、守る対象が俺の言うことを聞いてくれて、家の中にずっと閉じ込めて誰にも会わないように監禁してしまえれば守れるけど、そういうわけにはいかないだろ?それに、守る対象が俺の予想の斜め上の行動ばかりしてくれるんでな……もっと頼ってくれたらいいのにって何回思ったか……」
「うちのと似てますよね……」
「お互い苦労するよな」
「普通ならそんな面倒くさいやつ、さっさと別れるんですけどね……惚れた弱味ってやつですかね……」
二人で顔を見合わせて、苦笑した。
***
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