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夜明けの星 1-2(夏樹)

 ――木々が(いろ)づく季節になった。  夏休みが明けてすぐの頃は、大学に行くことで雪夜が緑川の件を思い出し不安定にならないか心配だったが、幸い学部が違うのであの建物に近寄ることもなく、平和に過ごせているようだ。  雪夜はここしばらく学祭の準備や、ゼミの発表会とやらに追われて帰りが遅く、家に帰って来るとあっという間に眠りにつく日々が続いていた。    よって、最近の俺は少々欲求不満気味だ。 ***  その日は朝からどんよりとした曇り空で、季節外れの生暖かい空気が身体に(まと)わりついてくるせいで、なんだか憂鬱な気分にさせられる日だった。  何となく嫌な予感がする……  こういう予感は……当たるんだよな……  しかし、そんな俺の心配をよそに、特に変わったこともなく仕事を終えた。    別に、このまま何も起こらなければそれに越したことはないんだけどな…… *** 「――学祭って先週お前と一緒に行ったやつだよな?打ち上げすんの遅くね?」 「ん~、学部やらサークルやらゼミやらいろんな打ち上げがあるから、そこら辺を調整してたら今日になったらしい」 「あぁ……まぁ、打ち上げなんてただの飲み会だしな。俺らも大学時代は、何かと理由をつけては飲んでたよなぁ~……で、今日のはどの打ち上げなんだ?」 「今日のは、ほら、学祭のミス&ミスターコンテストの……」 「あ~!あれか!雪ちゃん可愛かったな~!!」  夏樹の隣でチビチビと中ジョッキを傾けながら、友人の吉田が笑った。  ここは、仕事帰りに二人でよく来る行きつけの居酒屋だ。  雪夜と同棲してからはあまり来ていなかったが、今日は雪夜が学祭の打ち上げに行っているので、夏樹も外で食べることにしたのだ。  昼頃、吉田がたまたま別の用事で連絡をしてきたので、ついでに誘っておいた。  吉田は嫁の美優(みゆ)が妊娠してからは、あまり飲みに行かなくなっている。  ただ、美優がつわりで食べられないのに、美優の目の前で吉田だけ食べるのは気がひける。  ということで晩飯は外で食べてから帰るのだそうだ。  普段は豪快にガブガブ呑む吉田だが、今は美優が酒の匂いにも敏感になっているので、ビールは一杯だけ!と決められているらしい。  その結果、このチビチビ呑みになっているというわけだ。  いっそのこと、禁酒にすればいいのに…… 「まぁ、雪夜が可愛いのは当たり前だけどな。でも雪夜が出るとは聞いてなかったから、びっくりした」 「ははは、お前めちゃくちゃびっくりしてたよな。あの時のお前の顔も写真に撮っておけばよかったなぁ~」 「やめろバカ!」  夏樹に向かって写真を撮る真似をする吉田に、軽く蹴りを入れる。 「(いて)っ!お前ほんっと足癖(わり)ぃよな!?」 「手の方が良かったか?俺今この状態だけど?」  夏樹は甘辛いタレがべったりとついた指を吉田に見せた。  さっきまで甘辛手羽先の唐揚げを食べていたのだ。 「ぅ……いや、その手はダメだな」 「だろ?俺なりの思いやりってやつだ」 「なるほど……って、思いやりのあるやつはそもそも蹴らねぇんだよっ!!」 「そうか?思いやりがあるから蹴ったのかもしれんだろうが!」 「ねぇよっ!!どんな思いやりだよっ!!ってこら、聞けっ!!」  いかつい顔を顰めて吠える吉田を横目に、夏樹は自分の指についているタレを舐めた。 「はぁ~……ところで、雪ちゃんは最近どうなんだ?その、トラウマ的なやつは。学祭の時に見た感じだと、わりと元気っぽかったけど」  飄々とした夏樹の様子に吉田が諦めのため息を吐いて、話題を変えた。 「ん~……まぁ、一応元気だよ」 「一応?」 「夢で(うな)されるのは酷くなってる。本人は全然覚えてないから、俺も言わないけどな」  ここ最近は帰りが遅く、疲れ切っているのですぐに眠りについていたのだが、それでも夜中になると魘されて、時には自分の叫び声で目を覚ましていた。  大抵は、夏樹があやすとすぐにまた眠るので、雪夜自身は自分が夜中に起きていることに気付いていない。 「それって本当に覚えてないのか?」 「……どういう意味だ?」 「いや、俺もわかんねぇけど……そんなに魘されてるなら、ちゃんと眠れてないだろうし……お前に心配かけないように、覚えてないフリしてるだけ~とか……」  吉田が首を傾げながら、う~んと考え込む。 「俺もそれは思った……けど……魘されている最中に起こして、まだ朦朧としてる時に聞いても詳しい内容までは覚えてないらしい。何か怖い夢を見た~くらいかな。それも、もう一度寝かせたらほとんど覚えてない……まぁ、魘されるような夢の内容なんて……覚えてない方がいいだろ」 「そうだな……――」 ***

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