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夜明けの星 1-14(夏樹)

 ステージ横のテントを囲むように野次馬が集まっていた。  2つ並んだテントは横幕で四方が囲まれているが、今は出場者の出入りのためか一枚だけ捲られていた。  その出入口を塞ぐように男が一人立っていた。 「何かあったんですか?」 「え?あ、何か出場者の彼氏が――」  吉田が近くにいた学生に状況を聞いたところによると、出入口を塞いでいるのはミスコンの出場者の彼氏で、どうやら別れ話が(こじ)れているということだ。  なんだそれ……そういう話はどっか他所(よそ)でしてくれ……  夏樹がその場を離れようとした時、また野次馬から悲鳴が上がった。 「おい、夏樹。あいつちょっとヤバいかもよ?」 「あ?何が?」 「ん~とな、たぶん、刃物持ってる」 「は?」  吉田に言われて夏樹もちょっと目を凝らした。  確かに、何やら手にバタフライナイフのような刃物を持っている。 「なぁ、あいつ絶対目がイってるって!」 「あいつ違法薬物(ドラッグ)やってなかった?」 「それヤバいでしょ!?誰か警察呼んだ?」 「え、実行委員が呼んでるんじゃないの?」  野次馬が口々に囁く。  夏樹の位置からは男の顔が見えないので、どういう状態なのかはよくわからない。  そりゃまぁ、刃物持ち出してくるくらいなんだしどう考えても冷静ではないわな。  それにしても、ドラッグねぇ……まぁ今は結構簡単に手に入ったりするからなぁ……  あの男は別にどうでもいいけど、違法薬物(ドラッグ)なら出所が気になるな……とはいえ、警察(サツ)より先に聞き出すのは難しいか。 「吉田、あいつの目見えるか?」 「ん~?ちょい待ち」  吉田が少し場所を移動して男の顔を確認しに行った。 「ただいま。あれはなんかやってんな。目が完全にイカレてる。因みに、テントの中にはまだ雪ちゃんたちもいたぞ?」 「おまっ!それを早く言えよ!!」  テントはステージに繋がっているので、夏樹は雪夜たちはもうとっくにステージ側から逃げているだろうと思っていた。  なんでまだテントに残ってんの!?  あの男の狙いは元彼女(カノ)だろ?雪夜たちは逃げられるはずなのに……  雪夜もいるってことは、あのバカが振り回した刃物が雪夜に当たるかもしれないじゃないかっ!!  でも、今行ったら雪夜にバレるよなぁ……絶対に見つかるなって佐々木に釘刺されてるし…… 「警察呼んでるらしいけど、あの男がどう動くかわかんねぇしな~。どうする~?」 「う~ん……ちょっと待て、今考えてるからあの男から目離すなよ?」 「ほいよ」  のんびりと聞いてくる吉田に指示しながら、どうにか雪夜にバレずにすむ方法を考える。  警察(サツ)がさっさと来てくれれば任せるけれど、刃物を持っている以上警察(サツ)はうかつに近寄れないだろうし……  夏樹が周囲を見回していると、野次馬がまたざわめいた。  男はいくら脅しても女がやり直すと言ってくれないので、強硬手段に出ることにしたらしい。  いやいや、そりゃ刃物振り回しながら別れたくないやり直したいって言ったって、ダメだろ。むしろなんでそれで戻って来てくれると思うのか謎だ。  ちょっと移動して中の様子を窺うと、刃物を持った男が彼女に近付こうとするのを、テントの中にいる相川たちが庇っていた。  今は男がテントの中に入るのをギリギリ防いでいる状態だ。  ごついメイドさんに守られてるなら大丈夫な気がするが、相手が何か薬物を使用してる状態ならあまり刺激しない方がいい。  あの男をどうにかすんのは簡単なんだけど、問題は雪夜にバレることと、この野次馬共なんだよなぁ……  学祭の最中、しかもミス&ミスターコンテストで人がいっぱい集まっている時だったので、当然のことながら野次馬が多すぎる。  みんな手に携帯を持って無責任に安全な場所からこの様子を撮影していた。  多分、ネットに流すやつらもいるだろう。    下手に流されるともみ消すのが大変なんだよなぁ……また裕也さんに怒られる…… 「吉田、お前行ってこい。お前は雪夜に直接会ったのは一回だし、雪夜がもし気付いても、たまたま学祭見に来てた~とか適当に誤魔化せ!」 「え~俺一人で行くの~?」 「ちゃんと手伝ってやるから心配すんな。雪夜のことがなくても俺はあんまり目立つことはできねぇんだよ」 「それを言えば俺だって、みっちゃんにバレたら怒られるし!」 「あ~それもそうか……じゃあ、向こうを使うか」  夏樹はテントの中にいる佐々木にメールを送った。 『そっちのタイミングに合わせてその男倒してやっから、何か合図送れ』 『は?倒すってどうやって!?』 『それは合図送ればわかる。そいつが倒れたらさっさと刃物取り上げて押さえろよ!?そいつ何かドラッグやってる可能性あるみたいだから、油断すんなよ』 『わかった、じゃあ手挙げる』 『はいよ』  佐々木が近くにいた数人と相川に軽く耳打ちをして手を挙げた。 「ちょっと借りるよ」 「え?」  佐々木の合図を見て、夏樹は近くにいたバスケットボール同好会の学生からバスケットボールを奪うと、男に向かって思いっきりボールを投げた。  後頭部が狙いやすかったが前に倒れると勢い余ってテントの中にいる誰かが巻き添えになるといけないので、ちょっと移動して側頭部を狙った。  男に当たって跳ね返ったボールが野次馬の方に飛んでいったが、野次馬がケガをするのはどうでもいい。  高みの見物で他人の不幸を楽しんでいるようなやつらに気を遣う必要などないし、跳ね返ったボールくらい普通に取れるはずだ。  バスケットボールをもろに頭に受けて男が倒れると、相川と佐々木がさっと刃物を奪って男を押さえ付けた。    一方、野次馬が一斉にボールの飛んできた方向を見てきたので、慌てて夏樹も便乗してどこから飛んで来たんだ?という顔をする。  近くにいた学生やボールを持っていた学生はもちろん夏樹が投げたことには気づいていたはずだが、夏樹がにっこり笑って人さし指を口唇に当てると、みんな自分の口を押さえて無言で頷いた。  いやぁ、最近の若い子は物分かりがいいなぁ。 ***

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