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夜明けの星 1-25(夏樹)

凜坊(りんぼう)が来てるって!?」  スパーンっ!と派手に襖を開けて、着物姿の艶やかな女性が飛び込んできた。  瀬蔵の嫁の愛華(あいか)だ。  愛華は部屋の中をチラリと見回し夏樹を見つけると、嬉しそうに両手を広げて抱きついてきた。 「凜坊~~~~~っっ!!会いたかったよ~~~っ!」 「うわっ……ちょ、待って愛ちゃん、力加減してっ!!痛い痛いっ!!」 「半年も一年も顔見せないなんてひどいじゃないかっ!!私がどれだけ心配したと思ってるんだい!?」  夏樹が必死に抵抗するが、かなり全力を出しているにも関わらず抱きついてきた細い腕を剥がすことができない。  そのまま愛華の腕に更に力が込められ、ギリギリと身体を締め付けられる。 「いや、っていうか、愛ちゃんにはしょっちゅう電話してたでしょ!?」 「電話じゃなくて顔が見たかったんだよぉっ!」 「それなら言ってくれればテレビ電話にしたのに」 「そういう意味じゃないぃいい~~~っっ!!」 「痛い痛いっ!!ちょ、わかった、わかったから愛ちゃん止めてっ!!すみません、もっと顔出しますっ!!ごめんなさいっ!」 「よし、言質取った!……凜?嘘吐いたら吊るすからね?」  容姿艶麗(ようしえんれい)な愛華が夏樹に向かってにっこりと笑う。  落ち着いた濃紺に錦の糸で花の刺しゅうを施した着物をさらりと着こなして立つ姿は、凛としていて非常に美しい。  が、夏樹にはその背後にどでかいゴリラの幻影が見えた。   「はいっ!(たぶん)ちゃんと顔出しますっ!」  ようやく解放されて、よろめきながらその場に崩れ落ちた。  あ~もう、身体中痛い……肋骨ヒビ入ってんじゃねぇか?  このおばさ……愛ちゃんは何でこんなに力強いんだよ……ホント化け物……  これ絶対痣になるぞ……ヤバい、雪夜に何て言おう!?   「愛ちゃんは相変わらずですね」 「あらぁ、斎じゃない!久しぶりだね、どうしたんだい?」 「ちょっとしたご報告に来ました。愛ちゃんが来るのを待ってたんですよ」 「え、私待ちだったのかい?なんだ、それなら早く呼んでおくれよ!」 「いえいえ、大丈夫です。ちょうど二人がいつものごとく熱烈に見つめ合ってたので」  美男美女の斎と愛華が並ぶと何とも言えない迫力がある。 「斎さん、止めて下さいよ!誰が好き好んでこんなおっさんと見つめ合いますかっ!?」 「そら、こっちのセリフだ!ったく、おめぇはホントに可愛くねぇなぁ!愛ちゃんも来たんだからさっさと話せよ!何の用だ?」 「先日電話した件についてですよ」 「電話~?あぁ、俺の息子がどうのこうのってやつか?」 「それです。まだボケてないみたいで安心しましたよ」 「ああ!?喧嘩売ってんのかおめぇはよ!?3~4日前の事くらい覚えとるわっ!」 「何の話?私知らないわよ?」  夏樹と瀬蔵が言い合いをしていると、愛華が間に入って来た。 「え?瀬蔵のおっさんから聞いてないんですか?」 「あ゛っ……!」  瀬蔵がしまったという顔をして、ちょっと逃げ腰になる。 「凜坊から連絡が来たって言うのは聞いたけど、白季の息子がどうのっていうのは知らないよ?……ちょっと(らい)ちゃん?これは一体どういうことなんだい?」 「あの~……いや、愛ちゃんを心配させたくなかったからね?それに、こいつもなんちゃらってやつを知ってるかどうか聞いてきただけで詳しい話はしなかったし……あの……愛ちゃん?その手に持ってる灰皿を置こうか!それはさすがにしんじゃうからっ!!おらぁ悪くねぇって!!ちゃんと説明しなかったこいつが悪いんだってばよっ!!」 「問答無用っっ!!」  愛華が瀬蔵に向かって大きな大理石製の灰皿を振り上げた。   「はいはい、そこまで。(あね)さん、投げるならもうちょっと安くて軽いもんにしておいてください。これ結構重いんすから!それに親父がケガしたらまた姐さんが表に出て仕切らなきゃいけませんよ?」  神川が愛華の手からさっと灰皿を奪い取ると、部屋の隅に置いて愛華を嗜めた。 「それは面倒だね。仕方ない、素手でいくか」 「愛ちゃん、せめてパーにして!!グーはダメぇえええ!!……うごぁっ!?」  瀬蔵の懇願も虚しく、愛華の右ストレートがキレイに決まって瀬蔵が部屋の隅まで吹っ飛んだ。 「カウント取るまでもないな。おっさんしばらくは起き上がれねぇだろ」 「あらあら、ちょっと殴ったくらいで情けないねぇ……瀬ちゃんも年なのかしら……神川、布団敷いておくれ」 「はい」  神川が隣の部屋に布団を敷くと、愛華がよいしょと軽く瀬蔵をお姫様抱っこして運んだ。 「いや~……愛ちゃんはホント変わんねぇな~。惚れ惚れ(ほれぼれ)するねぇ、あの右ストレート」  斎が苦笑しながら夏樹にだけ聞こえるトーンでボソリと呟いた。 「化け物は健在ですね。あの人絶対前世はゴリラっすよ……って、うわっ!?」 「凜坊?何か言ったかい?」  夏樹も斎にだけ聞こえるトーンで話していたのだが、ゴリラと言った瞬間、愛華が頭に刺していた簪を後ろも見ずに正確にこちらに投げてきた。  愛華の投げた簪を間一髪で躱すと、簪が夏樹の後ろにあった柱に突き刺さった。 「愛ちゃんは優しいなぁ~って話してただけですっ!」 「そうだろう?瀬ちゃんは大事な旦那様だからねぇ」  大事な旦那様を灰皿で殴ろうとしたり素手で殴って吹っ飛ばしたりするとはどういう了見なのか……  ツッコミたかったが、夏樹は自分の命が大事なのでグッと堪えた。 ***

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