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夜明けの星 1-26(夏樹)

「さてと、それじゃ話を聞こうか」  瀬蔵(らいぞう)が寝ている部屋の襖をピシャリと閉じると、愛華が(いつき)と夏樹の顔を見た。 「実は――……」  斎が経緯を説明する。  愛華は少ししなを作るように斜めに足を崩して座り脇息(きょうそく)にもたれかかると、先ほど神川(かんがわ)が持って来たお茶菓子をポリポリ食べながらのんびりと話を聞いていた―― ***  白季組にはいくつか秘密がある。  一つは、組長について。  白季組には組長が二人いる。  表向きは瀬蔵が組長なのだが、裏で実際に組を仕切っているのはこの愛華だ。  前白季組組長の一人娘である愛華は、文武両道で人望も厚く、度胸も決断力もあり、申し分のない跡取りだった。  しかし、女が組長になるのは男社会であるこの世界では例が少ないため、良くも悪くも目立ってしまう。目立つということは敵対勢力に目を付けられやすい。  愛華ならそれらを全て叩き伏せて周囲を納得させるだけの実力はあったが、余計な面倒事を増やすと後々の付き合いにも響く。  そこで、当時組内で愛華の次に強かった瀬蔵を隠れ蓑にすることにしたのだ。  結婚する必要はなかったのだが、愛華は瀬蔵に惚れていたので自分から猛アタックを繰り返し、瀬蔵が命の危機を感じて折れたらしい。  まぁ、瀬蔵自身も愛華にべた惚れだったのはバレバレだったので、他の組員たちもさっさとくっつけと思っていたのだとか。  愛華が組を仕切っていることは一部の組員しか知らない。なので、基本的に組員からは『(あね)さん、姐御(あねご)』と呼ばれている。  もう一つは、息子について。  瀬蔵と愛華には子どもがいない。  結婚してすぐに女の子が生まれたが、心臓に疾患があり2歳の時に亡くなっている。  愛華は元々妊娠しにくい体質だったらしく、残念ながらその後は子宝に恵まれず、白季夫婦には子どもがいない。  にも関わらず、実は息子が一人いることになっている。  息子は表舞台には顔を出さない。  極道とは関係のない一般人として生きているからだ。  そのため、白季組のNo.2である現若頭は、神川だ。  しかし、息子は一般人のはずなのに組内部の細々したことを誰よりも把握しており、愛華同様に裏でしょっちゅういろんな問題を片付けている。いや、片付けさせられている。  そのことを知っているのは一部の幹部だけだ。  息子については、当時この界隈ではかなり話題になったので、息子の顔を知らないのは新参者かよそ者だとすぐにわかる。 *** 「へぇ~?白季司(しらときつかさ)ねぇ……私にはいつから二人も息子が出来たんだろうね」 「写真見ます?愛ちゃん気に入るかもよ」  夏樹が携帯で撮った白川の写真を見せる。 「どれどれ?……はぁ?何だい、この潰れた芋みたいな顔。ずいぶんなマヌケ面じゃないか。こんな弱そうなのうちの息子だなんて名乗らないで欲しいね。うちの息子は凜坊一人で十分。せめて凜坊よりも強い子じゃなきゃ認められないわね」 「そりゃどうも。でも愛ちゃん、俺より強いって言ったら、裕也さんや斎さんレベルですよ?そんなのなかなか転がってませんよ――」  白季組組長の一人息子。それが夏樹だ。  名字が違うのは、血の繋がりがないからだ。  両親を事故で亡くした後、夏樹が相続する遺産目当ての親戚にたらい回しにされていた夏樹は立派にぐれた。  その夏樹を引き取って養い親になってくれたのが瀬蔵と愛華だった。  夏樹の父親と友人だった瀬蔵は、生前、自分に何かあれば息子の力になってやってくれと頼まれていたのだが、夏樹の両親が亡くなった時は白季組の親組織内が跡目争いの真っ最中で、白季組もいろいろと抗争に巻き込まれていたのですぐに引き取ることが出来なかったのだ。  ようやく組織内が落ち着いた頃には、夏樹はこの界隈でも名を知られるようになっていた。  ケンカに明け暮れていた夏樹を迎えにきた瀬蔵は、大人を信用出来なくなっていた夏樹を軽々殴り飛ばすと、 「お前はやっぱりあいつのガキだなぁ、なかなか筋がいい。どうだ?俺んとこに来ねぇか?ヤクザになるかどうかはお前が考えればいい。お前のことはお前が決めりゃいいんだ。お前がやりたいようにやれ。なりたい者になれ。俺はお前の生き方には口出ししねぇからよ。所詮俺たちは他人だからな。ただし、おまえの両親に顔向け出来ねぇことはすんなよ?」  と説教してきた。  とりあえず、殴られてむかついたのできっちり倍返ししたものの、父親の知り合いで夏樹の幼い頃にも会っていると言われ、その顔に見覚えがあったのでついて行く気になった。  白季の養子にしなかったのは、夏樹姓の方がヤクザ以外の生き方を選びやすいだろうという愛華の優しさだった。  だから、戸籍の上では夏樹は白季の息子ではない。  ただ、ヤクザの(この)世界は本来盃によって血縁関係が結ばれ、組織が構成されている。  それは時として実際の血縁関係よりも繋がりが濃い。  夏樹は跡を継がないので盃を交わしたわけではないけれども、白季が夏樹を息子だと正式に紹介すれば、もうその時点から白季の息子と言うことが周知の事実となるのだ。  遺産目当ての親戚とのあれこれを片付けてくれたのも瀬蔵たちだ。  さすがにヤクザに文句を言うような無謀なバカはいなかったらしい。  ちなみに、夏樹が唯一どんなに全力を出しても勝てなかった女が愛華だ。  今では、愛華は化け物だから人間である自分が勝てるわけがないと諦めている。  夏樹を下の名前で呼ぶのも、愛華だけだ。  下の名前で呼ぶなと怒ると、「凜坊って呼ばれるのが気に入らないなら、一度でも私に勝ってごらんよ、坊や?」と言われて、結局一度も勝てていないのでそのままになっている。  愛華に「凜」と呼ばれたところで、雪夜に呼んでもらった時のような感動はないが、親戚連中に呼ばれた時のような嫌悪感もない。  ただ、この歳で「坊」って……もういっそ普通に「凜」と呼んでくれた方が余程マシだけど、あのおばさ……愛ちゃんが素直に聞いてくれるわけないし……だいたい愛ちゃんに比べたら全人類ひよっこみたいなもんだろうし……というわけで、もう諦めている。(二回目) ***

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