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夜明けの星 1-28(夏樹)
夏樹が愛ちゃんに弁明していると、暇になった詩織がキョロキョロと室内を見回した。
「あれ、そういえば瀬蔵 は?」
瀬蔵と同い年だというこの詩織は、つまりは50代後半なのだが、誰がどう見ても30代後半にしか見えない。
穏やかで柔らかい印象の優しい顔立ちをしているので笑うと余計に若く見える。
この顔で組長だと言われても大抵の人は冗談だと思うだろう。
詩織さんも斎 さんら兄さん連中も見た目が実年齢に伴っていない。
この人たちを見ていると、老いって何だっけ……と本気でわからなくなる。
まぁ、愛ちゃんも十分美魔女だけど、愛ちゃんはほら……中身ゴリラ だし……
「瀬ちゃんなら、隣で寝てますよ」
「斎ぃ~~!!お前も久しぶりだねぇ~!!瀬蔵は何で寝てるの?風邪?ぎっくり腰?食べすぎ?」
斎に気付いた詩織が、夏樹を解放して今度は斎に抱きついた。
「っう゛……いやいや、俺とは昨日会ったじゃないですか。瀬ちゃんは愛ちゃんの拳を受けて――……」
詩織は全盛期の斎の顔に唯一拳を打ち込んだ人らしく、斎も詩織にはいろいろと弱い。(負けたわけではないらしいが……)
斎が苦笑しながら詩織に説明していると、隣の襖が開いた。
「るっせーぞ、何ぎゃーぎゃー言ってやがん……でええええ!?詩織じゃねぇかっ、何しに来た!?」
頬を押さえて顔を顰めながら部屋に入って来ようとした瀬蔵が、詩織に気付いて思わず後退 った。
そんな瀬蔵に、詩織が笑顔で飛びついた。
「瀬蔵ぉ~~!!なんだ、お前また老けた?ねぇねぇ、皺増えた?」
「やかましいわっ!お前こそいつまでもガキみたいな顔しやがって!その顔に一体いくらかけてんだ!?」
瀬蔵が悪態をつきながらも、自分の顔を無遠慮に触って来る詩織を引きはがさないのは、長年の経験でやるだけ無駄だと知っているからだ。
会う度にこの状態なので、周りは慣れたものだ。
「この顔にかかってんのは化粧水代だけです~!今度瀬蔵にもあげようか?お前全然スキンケアしてないんだろう。ダメだぞ~?」
「男がそんなもんやってられっか!」
「あ~そういう考えはもう時代遅れ~!今は男用のスキンケア用品がいっぱいあるんだよ~!?ちゃんとケアしないとお前みたいにボロボロのお肌になっちゃうんだから!ほらもう、愛ちゃんと並ぶと若い頃より更に美女と野獣じゃないか~!――」
***
瀬蔵と詩織と夏樹の父親は、高校時代の同級生だ。
夏樹の父親が、夏樹のことを瀬蔵に頼んだのは、当時、詩織は龍ノ瀬 組で微妙な立ち位置にいて、立場的に夏樹を引き取ることが出来ないとわかっていたからだと聞いたことがある。
それでも何かと気にかけてくれていたので、夏樹にとってはある意味父親が三人いるようなものだ。(ちなみに、愛ちゃんは母親というより姉のような存在だ。)
夏樹の実父は忙しい人であまり家にいなかったので思い出はほとんどないが、養父の二人が賑やかなので恐らく実父も似たようなものだったのだろうと思っている。
龍ノ瀬組は白季 組よりも組織の規模が大きい。
規模が大きければ大きい程、統率するのは難しくなる。
詩織が龍ノ瀬組組長になった今でも組の内部には詩織に反感を抱いている者が少なからずいるため、常にそいつらの動向に気を配っている必要があり気の抜けない日々を過ごしている。
そのせいか、詩織はたまに白季組に遊びに来ては好き放題して帰る。
白季組 で瀬蔵と子どもみたいにぎゃーぎゃー言い合ったり、斎たちと会って昔話をしたりしている時が、詩織にとって唯一安らげる時間なのだとか。
ま、それはいいとして……説明も終わったし、詩織さんにも挨拶したし……今のうちに――
「じゃあ、俺は帰ります!お疲れ様でした!」
夏樹は、斎と愛ちゃんが詩織たちのじゃれ合いに気を取られているのを確認すると、忍者のように気配を消してスススと襖に近付き早口で暇 を告げ、襖をサッと開けて廊下に滑り出た。
よし、完ぺ……っ!?
***
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