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夜明けの星 1-29(夏樹)

「ちょいとお待ち!」 「ぐぇっ!……待っ!ちょっ、あ゛い゛ちゃ゛ん゛!?」  廊下に出た瞬間、襖からだいぶ離れていたはずの愛華に襟首を掴まれ部屋に引きずり込まれた。    嘘だろっ!?愛ちゃんの腕ってどんだけ伸びるの!? 「そんなに急いで帰らなくてもいいだろう?せっかく久しぶりに顔出したんだ。夕飯も一緒に食べようじゃないか。今夜は豪勢にいくよ?」 「ゲホゲホッ、いや、俺ちょっと用事が……」  冗談じゃない!酒の入った愛華たちに捕まれば確実に今日中に帰れない!! 「ちょっとなら大したことないじゃないか」 「大事な用事があるんだって!」 「大事な用事って何だい?」 「だからっ……今回の件でしばらく会えてなかったから、早く帰って会いに行きたい人がいるんだよっ!」 「……雪夜……だったかねぇ?」 「そうだよっ!……って、何で知ってんの!?」 「私が知らないとでも?」  愛華がにんまりと笑う。 「あぁ……やっぱり最近俺の周りチョロチョロしてたのって愛ちゃんの差し金か」 「凜坊が全然顔見せないから気になってね。それに斎たちに何か調べもの頼んでたみたいだし?」  愛華は普段、簡単なことは基本的に表を仕切っている瀬蔵に任せている。  今回の多野山の件は夏樹が絡んでいるのに知らされていなかったので怒ったのであって、それ以外は瀬蔵が知らせてこないことは愛華が出るほどのことではないのだと思って気にも留めない。  ただ、ひとたび愛華が動けば、情報を集めるのは容易い。  組とは別に、愛華には個人的に裕也のような情報収集に()けている集団との繋がりがあるからだ。(愛華曰く、ゲーム繋がりらしいが……全くもって謎の人脈だ) 「気になるなら俺に直接聞いてくれればいいのに」 「凜坊が素直に答えるわけないだろう?それより、その雪夜も連れておいでよ」 「マダ、ムリデス!」  愛華に逆らうといろいろと面倒なのだが、コレだけは本当にまだ無理だ!  でも愛華が怖いので思わずカタコトになる。 「何でだい?」 「……」 「あんた、もしかして白季組(うち)のこと話してないのかい?」  愛華の声が少し低くなる。 「今日帰ったら話すつもりデス」  少し気まずくて視線を逸らした。 「やれやれ……凜坊、あんたももういい年だし、白季組(うち)との関わりが重荷になるなら縁切りしてもいいんだよ?もともと私はあんたには一般人として――」 「そんなこと言ってねぇだろっ!愛ちゃんと瀬蔵には感謝してるし、白季組(ここ)との関わりをなかったことにしたいわけでも恥じてるわけでもねぇよ!ただ……雪夜に関しては、本当にいろいろあったからそれどころじゃなかったっていうか、話すきっかけがなくて……」 「そうかい?……別にあんたに感謝されるようなことなんてしてないし、恩を着せるつもりもないんだけどねぇ」  そう言いながらも、愛華が嬉しそうに微笑んで夏樹の頬をペチペチと撫でてきた。  実際、愛華と瀬蔵には感謝している。  金にしか興味のない親戚連中よりも、友人に頼まれたからという理由だけで損得勘定なしに引き取ってくれた二人の方がよほど人情深く、夏樹にとっては大切な存在だ。  雪夜なら、きっと二人のことや組のことはちゃんと話せばわかってくれると思う。  ただ、自分が白季組と関わりがあるせいで、雪夜をこちらの揉め事に巻き込んでしまったらと思うと怖い。  だから雪夜をここに連れて来ることを躊躇していたのだ。   「情けないねぇ、あんたも漢なら『惚れた男は何があっても俺が守る!』くらい言ってごらんよ。全く、これだから最近の若いのは……」 「そりゃもちろん俺が守るけど……って、あんたら何やってんすか!?」  気がつけば、斎、瀬蔵、詩織の三人が夏樹と愛華の傍でしゃがみ込んで二人の会話に聞き耳を立てていた。 「おい、聞いたか詩織!あのくそ生意気だったガキが愛ちゃんとおらっちに感謝してるってよ!泣けてくらぁな!」 「ちょっとナツ!俺は?俺には感謝ないの!?詩織パパにも感謝してよぉ~!!」 「え?あ~……そりゃもう詩織さんにも感謝してますよ!?」 「ナツ~俺には?」 「斎さんにも感謝してます!!」 「――だってよ。おまえら聞こえたか?」 「え、って斎さん誰と電話して……」 「「おいナツ、俺には~?なっちゃん、僕にも感謝してるよね~?――」」  斎の携帯から、兄さん連中の騒いでいる声が聞こえた。 「あ~もう!兄さん方にも感謝してますってばっ!!――」  夏樹はもうほぼヤケクソに叫んでいた。  ちょっと愛華に素直に感謝を伝えたがために、結局みんなに弄り倒される羽目になってしまった。  あ~この人らが集まるとマジでウザい!!  冗談抜きで感謝はしてるけど、切実にもう帰りたい……雪夜ぁ~~……!  って、あれ?何で兄さん連中まで参戦してきてんだ?  何かもう嫌な予感しかしない――…… ***

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