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夜明けの星 1-32(雪夜)
離れは、先ほどの広間とは反対側の建物の奥の庭にひっそりとあった。
一応母屋とは廊下で繋がっているが、その辺りには離れの他は物置があるくらいなので他の人はまず近寄らなさそうだ。
母屋が大きいせいか、離れは外から見ると小さく感じたが、入ってみると佐々木の家よりも広かった。
離れの中にトイレとシャワールーム、ミニキッチンまであった。
夏樹の部屋だと言っていたが、お洒落な夏樹の部屋にしてはベッド、勉強用の机、本棚、ミニテーブル、テレビがそれぞれポツンとあるだけの殺風景さにちょっと驚く。
「荷物適当に置いていいよ」
「ほえっ!?あ、ひゃいっ!」
部屋の中を物珍し気に見渡していた雪夜は、夏樹に話しかけられて思いっきり噛んだ。
恥ずかし~……っ!!
たった二文字なのに噛むとかどんだけ……
照れ隠しに夏樹に背中を向けて部屋の隅に荷物を置きながら顔を伏せた。
あれ?どうしよう……夏樹さんに会えて嬉しいのに……何だか二人っきりになったと思ったら急に緊張してきちゃった……
「雪夜」
「はいぃいい!!」
緊張していると自覚すると余計に緊張してしまう。
深呼吸して落ち着こうとしているところに名前を呼ばれたので、思わずピンと背筋を伸ばし大きな声で返事をした。
「荷物置いたらこっちおいで。そこ寒いでしょ?」
ベッドに腰かけた夏樹がちょっと笑いを堪えながら両手を広げて雪夜を呼んだ。
そんな夏樹をチラッと見る。
さっきは夏樹さんの顔を見た瞬間ほっとして、抱きつきたい衝動に駆られたけれど……
夏樹はすぐそこにいて、雪夜を待っている……そのままいつもみたいに抱きついていけばいいだけなのに、身体が動かなかった。
いつもみたいに?今までどうしてたんだっけ……
「雪夜?」
「あの……ちょ、ちょっと待って下さい!!今ちょっと無理!!」
「え、何で?」
「えと、あの……き、緊張しちゃって……」
「ん~そっか……でもごめん、俺も無理」
「え?ぅわっ、夏樹さん!?」
隅っこで膝を抱えて顔を伏せていた雪夜は身体が浮く感覚に思わず顔を上げた。
「先に雪夜補充させて」
「補充って……」
夏樹は雪夜を抱っこしたままベッドに腰かけると、雪夜を膝に乗せてぎゅっと抱きしめた。
「聞きたいことがいっぱいあるのはわかってる。ちゃんと全部話すから、しばらくこのままでいさせて」
「あ……はい」
わ~夏樹さんの匂いだ……
雪夜は夏樹の温もりと匂いに安心しながらも、余計にドキドキが止まらなくて固まってしまった。
あ~もう!顔が熱い!ちょっと心臓うるさいよっ!?
夏樹さんにもこの音聞こえちゃってるんじゃないの!?早く静まれったらっ!!
「ふふ、他に誰もいないんだからそんなに緊張しなくていいよ」
ほらぁああ!やっぱり聞こえてるぅ~~!っていうか、誰もいないから余計に緊張しちゃうんですけどぉおおお!!
「わ、わかってますけど……久しぶりに夏樹さんに会ったから……」
「ん?ちょっと待って。緊張って俺に?白季組 じゃなくて?」
雪夜を抱きしめていた夏樹が、ちょっと身体を離して真っ赤になっている雪夜を覗き込んだ。
夏樹は、雪夜がここに連れて来られたことで緊張しているのだと思ったらしい。
いや、そりゃここに連れて来られたことにも緊張してますよ!?
ただ、それは緊張っていうよりもむしろ戸惑ってる感じで……
今はそれより……
「だ、だって、夏樹さんに会えるの5日ぶりだし……」
「え、うん、そうだけど……でも同棲する前は一週間に一回だったよね!?毎回俺に会うのそんなに緊張してた!?…………あ~~……してたね、うんごめん」
「……すみません……」
「いや……ふ、ふふ……そっか、同棲始めてからは5日も会えないの初めてだったもんね」
一週間に一回しか会えなかった時は、毎回最初は緊張してなかなか夏樹さんの顔を直視できなくて、会っても食事をしている間ずっと俯いてばかりいた。
夏樹が同棲前の雪夜を思い出したらしく、納得したように苦笑した。
「あの、俺、離れてる間ね、ずっと淋しくて、夏樹さんに会いたかったから、だから、夏樹さんに会えてめちゃくちゃ嬉しいんですけど……でもその……やっぱり久しぶりで夏樹さんのドアップは無理ぃいいいいい!!!」
雪夜は絶望的な顔で叫ぶと顔を両手で覆って俯いた。
「わぁ~……それ久しぶりに言われた気がする……」
「ぅ……すみません……」
雪夜が夏樹の顔を直視できないというのは、以前からちょこちょこ言っているので夏樹も知っている。
でも、同棲するようになってようやく少しの間なら直視出来るようになってきていたのに……
「じゃあ、慣れるまでこのままね」
「ええ!?いや、あの……慣れるまで少し距離を……」
「え?もっと抱きしめて欲しいって?」
「違っ、顔が近いっ!!」
思わず夏樹の顔をグイっと手で横に押しのけて遠ざけた。
「ん~……雪夜~、これだとキスもできない」
「そ、それはもうちょっと待って……」
「キスする時は目閉じてるから俺の顔関係ないでしょ?それとも雪夜はキスしたくないの?」
「え!?したくないわけじゃ……ないですけど……」
「そっかぁ~俺とはしたくないか~……そうだよね、5日もほったらかしにしてたんだから嫌われても仕方ないよね」
「ええっ!?違っ、嫌いになんかなってませんっ!」
「ほんと?」
「はい!」
「じゃあ、目閉じて?」
「はい!」
言われるままギュッと目を瞑った。
あれ?なんで目閉じるの?
気づいた時にはもう夏樹の口唇が重なっていた。
「んんっ!?……なつ……待っ……」
雪夜が思わず目を開けると、夏樹はクスッと笑って軽く手で雪夜の目を覆った。
「こぉら、ダメでしょ?目は閉じる!」
くっ……今の顔はズルい!でも大好きっっ!!
雪夜の目を覆う瞬間、いたずらっぽく笑って軽くウインクをした夏樹の顔に見惚れて、あんなにうるさかった雪夜の動悸が一瞬止まった。
うん、無理!こんなの慣れるわけがない!!
っていうか、俺、夏樹さんにはいつもドキドキしてるし!今更でしたね!
何かを悟って冷静になった瞬間、瞼越しに夏樹の手の温もりを感じて肩の力が少し抜けた――……
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