211 / 715
夜明けの星 1-33(夏樹)
夏樹が口唇を離すと、すっかり緊張が解 れて蕩け切った顔の雪夜がぽすっともたれかかってきた。
小さく咳き込む雪夜の背中をとんとんと軽く撫でる。
やれやれ、ようやく力が抜けたか。
まさか、俺に会うのが久しぶりだから緊張してたなんて……
雪夜に会うのは、5日ぶりだ。
これでも雪夜に会いたいが為にめちゃくちゃ頑張って今回の件を片付けた。
組関係の人間を相手にする場合、下手に動けば組織間の争いごとになりかねないので、いろいろと根回しが大変なのだ。
まぁ、今回はその根回しのほとんどは斎と詩織がやってくれたので、ある意味夏樹は好き放題暴れることができたわけだけれども。
それでも、5日かかった……
本当なら、ここでの報告はさっさと終えて、自分で雪夜を迎えに行って今頃は家でゆっくり二人で……
「あ~……このまま抱きたい……」
「ふぇ?……あ、だ、ダメですよ!?いや、ダメじゃないけど、でもその前に聞きたいことがっ……!」
夏樹の呟きを聞いて、雪夜が慌てて身体を起こした。
「あの……俺、夏樹さんに聞きたいことがあって……その、嫌だったら別に……話さなくてもいいんですけど……」
ダメ出しをした勢いはどこへやら、雪夜の声がどんどん小さくなり、そのまま俯いてしまった。
夏樹はそんな雪夜の頭に軽く口付けると、額をくっつけた。
「嫌じゃないよ。俺も話すつもりだったから……ちょっと長くなるけど、俺の話聞いてくれる?」
「もちろんです!」
食い気味に返事をした雪夜に、思わず苦笑する。
夏樹は雪夜の頬を撫でながら、遠い記憶を呼び起こした――
***
「――というわけで、白季組 はある意味俺の実家みたいなものなんだ……え~と……雪夜?大丈夫?」
口をぽかんと開けて大きな目をぱちくりしている雪夜の前で手を振る。
ちょっと一気に話し過ぎたかな……雪夜には刺激が強すぎたか?
「あ、はい!大丈夫です!!あの……えっと……頭の中整理するのでちょっと待って下さい」
「ごめん、ちょっとわかりにくかったよね」
自分の過去を誰かに話すのは初めてで……何をどこまで話せばいいのかわからなくて結局うまくまとめることが出来なかった。
兄さん連中は詩織さん経由である程度把握しているようだが、自分からは高校からの友人である吉田にさえ、『実の両親が亡くなった後、白季組の瀬蔵と愛華に引き取られた』という程度にしか身の上を話したことはない。
「あの……あのね、えっと……俺、こういう時に何て言えばいいのかわかんなくて……」
「あぁ、うん。いいよ気にしなくても――……」
雪夜が話すのが苦手なのは知っているし、そうじゃなくても、恋人の養い親がヤクザの組長だなんて聞いたら言葉に窮するだろう……
「あの……いっぱいお話してくれてありがとうございます!」
「ん?」
「俺、夏樹さんのお話がいっぱい聞けて嬉しかったです。俺ね、最初は無理やり付き合って貰ってたでしょ?だから俺なんかにプライベートなことは話したくないだろうと思って今まで聞けなくて……ちゃんと付き合えるようになってからも何となくそのまま……無理に家族のこととか友達のこととか聞かなくても、俺は夏樹さんが傍にいてくれればそれでいいって思ってたんですけど、最近になって裕也さんとか斎さんとか、夏樹さんの知り合いを紹介してもらうことが増えてきて、なんかやっぱり夏樹さんのことをいろいろ知っていけるのが嬉しくて、あの……えっと……なんていうか……すみません、何言ってんだろ俺……」
言いたいことが上手くまとまらなかったのか雪夜が口元を押さえてしょんぼりと俯いた。
夏樹は雪夜が今まで全然プライベートなことを聞いてこなかった理由がわかって、少しほっとしていた。
良かった、俺に興味がなかったわけじゃないのか。
「俺のこと、怖くない?」
「え?どうしてですか?」
雪夜がキョトンとした顔で夏樹を見た。
「ん~……まぁ、一応俺は一般人ってことにはなってるけど、でも白季組 と関わりがあることは間違いないし、これから先、もしかしたら俺のせいでこっちの揉め事に雪夜を巻き込むようなこともあるかもしれない。もちろん、雪夜は俺が守るよ?でも、怖い思いをさせてしまうこともあるかもだし、その……俺が誰かに暴力を振るうところを見せちゃうかもしれないし……いや、見てないところならいいって話でもないよね、ごめんっ!」
しまった……墓穴を掘った気がする!そもそも暴力を振るうこと自体ダメだろ……
でも……雪夜を助けるためならいいよね?セーフ?飛んできた火の粉を払うのは?売られたケンカを買うのは?どこまでだったらいいんだ!?
「えっと……俺は、夏樹さんのことが大好きだから……」
雪夜がちょっと小首を傾げてまた考え込み、う~んと唸りながらポツリと漏らした。
普段雪夜から“大好き”と言ってくれることは少ない。
多分、今も考えをまとめるのに夢中で、口から勝手に零れたことに気づいていなかったのだと思うけれど……
「っ俺も雪夜が大好きだよ」
「……へ?あ……ありがとうございます」
夏樹が急いで“大好き”と返すと、雪夜がちょっと驚いた顔をしてはにかんだような笑顔を見せた。
はい、可愛い!
話すのが苦手な雪夜が、俺の話を聞いて真剣に考えて雪夜なりに気持ちを伝えようと頑張って言葉を探してくれている。
それに俺の過去を聞いても大好きと言って、変わらず笑いかけてくれた。
それだけでもう十分だと思った――……
***
ともだちにシェアしよう!