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夜明けの星 1-37(夏樹)

「お~、やっと来た……って、雪ちゃんまだ寝てんのか?」  夏樹が大広間に入ると、全員の視線が一斉にこちらに向いた。  大広間には、兄さん連中も勢ぞろいしていた。  わぁい、マジでみんな来てる。  何この地獄……カエリタイ……  夏樹の心中を完全無視して兄さん連中が寄って来た。 「これが雪ちゃんか~、会うのは初めてだな」  (たかし)が腕を組んだまま、軽く雪夜の顔を覗き込んだ。  多野山の件で一度会ってはいるが、あの時は雪夜は夏樹に抱きついたままでほとんど顔を見せていなかったし、隆も吉田との筋肉談義に夢中だったので、雪夜には気づいていなかったらしい。 「俺もお初だな~。え、これで大学生?高校生の間違いじゃないの?」  兄さん連中の溜まり場である『シルバーウルフ』でバーテンダーをしている(あきら)も雪夜に会うのは初めてだ。そもそも晃は店が忙しいので、普段こういう集まりにはなかなか出てこない。 「雪ちゃんって男だよな?可愛い顔してんなぁ~……」  夏樹の会社の社長でもある浩二(こうじ)が寝ている雪夜の頬をツンツンとつついた。  浩二さんはある意味一番鬱陶しいから、雪夜に会わせたくなかったんだけどな~…… 「あ~もう!兄さん方ちょっと離れて!!こら、浩二さん!汚い手でツンツンしない!!」 「ああ゛?誰が汚いって!?」 「おい、起きたぞ!」 「目でけぇな~!」 「おはよ~!雪ちゃん!初めまして~!」 「……ほえ?」  目を覚ました雪夜が目の前に並んだ兄さん連中の顔を見て、小動物のようにビクッと身体を震わせると大きく口を開け、寝惚け眼を一気に見開いて固まった。 「やっべぇ、可愛い!ハニワみてぇ!」 「ハニワはねぇだろ……いやでも何かこういう動物いたよな~、何だっけ?」 「え~と……ハムスター?リス?あ、モモンガ!」 「いや、スローロリスだろ」 「……ピグミーマーモセットじゃないか?」  あんたらどんだけ動物好きなんだよっ!?……っていうか、玲人(れいじ)さん止めに来てくれたんじゃないのかよっ!?ピグミー……?何それ!!生き物なの!?  玲人は、この中ではある意味一番まともだ。少し強面で身体が大きいので怖がられることが多いが、シャイで無口なだけで、気は優しい。  普段はあまり意見せずにみんなについて動くだけだが、暴走しがちな裕也や浩二を力尽(ちからず)くで止められるのは玲人だけだ。    ねぇ、玲人さん!今!!今こそ、その時っ!!みんなを止めて下さい!!  しかし、夏樹の想いとは裏腹に、なぜか玲人まで一緒になって雪夜の頬をツンツンし始めた。  あ゛~~~!!そういえば玲人さんも子どもとか小動物系の可愛いものが好きなんだった……!! *** 「え~い、もうっ!ちょっと一回解散っ!!各々自分の席に戻って下さい!!ほらほら、先に飯食ってっ!後でちゃんと紹介しますからっ!!」 「なんだよケチぃ~!」 「独り占めすんなよ~!」 「ちょっとくらいいいじゃねぇかよ~!」  口々に文句を言う兄さん連中をひとまず追い払う。 「雪夜~!大丈夫?こっち見て!ほ~ら、こっちだよ~!」  混乱して目を回しかけている雪夜の顔を両手で挟んで額をくっつけた。 「だ~れだ?」 「ふぇ……えっと……夏樹さん?」 「はい、正解。じゃあ、ご飯食べようか」  夏樹がにっこり微笑むと、雪夜が少しほっとした顔になった。 「……え、ご飯?」 「うん、晩ご飯」 「あの……えっと……俺なんでここに……俺夏樹さんの部屋で……」 「うん、俺と一緒に雪夜も寝ちゃってたみたいだね。で、晩飯の時間になったからここに来たんだよ」 「え?俺……でも……覚えてない」 「雪夜はちょっと寝惚けてたからね(っていうか、寝てたからね!)」 「うわぁ~~!すみません……」 「何も謝ることなんてないよ?」 「あの、それで……」  雪夜が夏樹の手をずらして恐る恐る兄さん連中を見た。  自分に向けられた興味津々な視線に対して頬を引きつらせながらにこっと愛想笑いをすると、ひしっと夏樹の胸にしがみついて、 「あの、あの……ここここちらの方々は一体……ど……どどどなたですか?」  と、小声で聞いてきた。 「あ~、ただの幻だから気にしなくていいよ。雪夜は俺だけ見てればいいからね」 「え、幻……?」 「おいこら待てっ!!勝手に幻にすんなっ!!」 「ぁ痛っ!」  兄さん連中から総ツッコミが入り、両隣に座っていた斎と浩二にはスパーンと頭を(はた)かれた。  両側からは()めてっ!!頭がもげるっ!!  状況が飲み込めていない雪夜は、頭を押さえる夏樹と、笑っている兄さん連中の顔をぐるっと見回して目をぱちくりさせた。 「あ~もう!……それじゃ雪夜、ざっと紹介するね。斎さんと裕也さんは覚えてるよね?」 「あ、はい!」 「で、こっちのホストみたいなのが浩二さんで、これでも一応うちの会社の社長ね」 「どうも~社長で~す!」  浩二がホスト並みの軽いノリで雪夜にウインクと投げキッスをしてきたので、夏樹は真顔で浩二のハートを叩き落した。 「え、あ、どうも……って、え!?しゃ、社長さん!?」  雪夜が社長という言葉に驚いて、夏樹と浩二を交互に見た。 「そうだよ~!これでも俺偉い人なんだよ~!よろしくね~!」 「あ、よ、よろしくお願いします!」 「はいはい、雪夜はよろしくしなくていいからね~!」 「ナツ?あんまり調子に乗ってると次の出張にお前連れて行くぞ?」 「それは断固拒否しますっ!パワハラ反対っ!!」 「え、夏樹さん出張に行っちゃうの……?」 「あっ、雪ちゃん、今のは冗談だよ~!そんなにお目目うるうるしなくていいからね!?」 「そうだよ、雪夜。浩二さんの言葉は8割が冗談で出来てるから気にしなくていいよ。で、そっちに座ってるのが――……」  そんな感じで夏樹の適当な紹介に兄さん連中が文句を言いながら自分で勝手に言葉を足しまくるので、全員紹介し終わる頃にはまた雪夜が大混乱する羽目になった――…… ***

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