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夜明けの星 2-1(雪夜)
自分の中のドロドロの感情が飛び出しそうで、思わず口を押さえた
物分かりのいいフリをして
良い子ぶって
我慢して
だけど本当は……
――触らないで
――微笑まないで
――見つめないで
――行かないで
……違う
……違わない
……こんなこと思ってない
……思ってる
……でも
……絶対に口にしちゃいけない
……だって
……もし知られたら――
***
――十二月にしては暖かい日だった。
昨日までの寒さとの気温差に衣服の調整がうまく出来ず、厚手のコートを邪魔そうに手に持って歩いている学生が目についた。
雪夜も朝大学に来る時に着てきたダウンは、大学に着くなり鞄に押し込んでいた。
おかげで、鞄から財布を出すのも一苦労だ。
『今日の晩御飯、外で食べない?』
夏樹からメールがあったのは、雪夜が学食でお昼ご飯を食べようとしている時だった。
「何?今日は外食?」
隣に座った佐々木が、画面をチラ見してきた。
「うん、でも平日に夏樹さんから外で食べようって言うの珍しい。最近忙しそうだから疲れてるのかな?」
「あ~まぁ、年末だからなぁ」
雪夜は夏休み明けからだいぶ体調が良くなっていたのだが、学祭の後いろいろとあって、また不安定になっていた……らしい。
今回は日数的には短かったはずなのだが、夏樹が言うには久しぶりにだいぶ落ちていたとか……自分ではわからないので実感がないけれど……
そのせいか、夏樹の過保護っぷりがまた一段と酷くなっている。
夏樹は十二月に入ってから毎日忙しそうで、帰りも遅いし持ち帰りの仕事も多い。
それでも、必ず雪夜を迎えに来てくれる。
雪夜は、夏樹が来るまでは佐々木たちの家で待たせて貰っている。
佐々木たちがバイトの時は大学の図書館で時間を潰している。
俺は一人でも帰れますよって言ってるんだけどなぁ~……
とは言え、一人で街中を歩くのが怖くないのかと言われると……正直まだ怖い。
ふと、背後に人の気配がした。
「ん?今日は夏樹さん飲み会なの?雪ちゃんひとり?」
「あれ?相川もう用事終わったの?」
「うん、出して来た」
相川は今日提出のレポートを家に忘れてきてしまったので、取りに戻っていたのだ。
「飲み会じゃないよ。夏樹さんが今日は外で食べようかって。だからいつもより早く終われるのかも!」
帰りが遅くなるなら、外で食べようとは言わないはずだ。
「へぇ~?」
相川が佐々木の食べていたとんかつ定食のカツを一切れつまみながら雪夜の携帯を覗いてきた。
「こらっ相川っ!お前は早く自分の飯買ってこいよ!」
「はーい!翠 、そのカツもう一切れ残しておいて。俺カレー買ってくる!」
「は?ちょっと待て!お前、なんで俺のカツでカツカレー作ろうとしてんだよっ!?」
「いいアイデアだろ?今閃 いた!俺凄くね?」
「普通にカツカレー買ってこい!――」
二人のやり取りに、周りにいた人たちからも笑いが零れた。
「あ~もうっ!相川のせいで笑われたっ……」
悪態をついて頭を抱えながらも、箸を置いて相川が帰って来るのを待ってやる佐々木が微笑ましい。
雪夜も夏樹に返事を返すために箸を置いた。
晩御飯に誘ってくれたってことは、夏樹さんがどこか食べに行きたいところがあるのかなぁ?
何を食べに行くんだろう……楽しみ~!
***
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