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夜明けの星 1.5-6(夏樹)

 雪夜に出会う前の俺は本当にいろんな意味でヤバかったと思う。  誰も信用してなかったし誰にも興味がなかったから、何もかもがどうでも良かった。  ただケンカを売られたからやり返す。付き合ってと言われたから付き合う。抱いてと言われたから抱く――……  瀬蔵(らいぞう)たちに引き取られて、愛ちゃんや兄さん連中に(いじ)り倒されて、吉田に出会って、この人たちなら信用してもいいかもと思えるようになってようやく少しずつ感情が出て来た。  でも、「好き」や「愛してる」という感情に関しては相変わらずポンコツで、性欲を満たせればそれで良かった。  そんな中で、雪夜と出会って……今まで知らなかった感情をたくさんもらって、初めて大事にしたいと思った。    だけど、今まで他人を思いやるということがなかった弊害か、俺は気が利かない。愛し方もわからない。甘い囁きも仕草もセックスも……今までの相手にしていたことは全て自分にとって有利になるように計算ずくでしていたことであって、相手のことは何一つ考えちゃいない。  上辺だけで接するのは簡単だし楽だけど、そんなんじゃ雪夜には想いが届かないのは、もう嫌と言うほど思い知っている。  雪夜は俺のことを、いつだって余裕いっぱいだって思っているみたいだけれど、  思いやるってどうすればいい?どうやって愛を伝えればいい?どうすれば笑ってくれる?  ――雪夜とちゃんと付き合うようになってからは、いつだって雪夜のことを考えている。雪夜に嫌われないように、雪夜を悲しませないようにと必死だ……必死なんだよ……これでも。  余裕なんて一つもないんだ……  他人の性格や考えていることの裏を読み取るのは、親戚の家をたらいまわしにされている時に自然と身についたので、雪夜の性格はだいたい把握している。  それなのに、本気の恋愛にはポンコツなせいで、しょっちゅう間違えて、失敗して、ちょっとした一言を忘れて雪夜を不安にさせて泣かせたことが一体何回あっただろう……  そのたびに自己嫌悪と後悔で消えたくなるけど、毎回雪夜が笑って許してくれるから……大丈夫ですよって言ってくれるから――…… 「雪夜は俺が優しすぎるって、優しいから雪夜のことを何でも許しちゃうって言うけどね、本当に優しいのは……俺の失敗を全部許しちゃうのは雪夜の方なんだよ」 「俺が……ですか?」  雪夜が自分を指差し、キョトンとした顔で小首を傾げた。 「雪夜はね、俺の失敗まで全部自分のせいだって思っちゃうんだよね。でもね、例えば愛ちゃんたちと会った時だって、俺が先にちゃんと愛ちゃんたちは男同士とか気にしないから大丈夫って話しておけば雪夜が怖い思いしなくてすんだんだよ。それに今回のだって、俺が一言雪夜からあいつらに話しておいてって言っておけばこんなに雪夜が悩まなくてすんだの。つまりこれは俺の言葉不足、説明不足のせいであって、雪夜のせいじゃないでしょ?」 「え……と……」  雪夜は俺の失敗を俺の失敗だと思わない。  だから、俺に泣かされたという、俺のせいで泣いたという自覚がない。  俺はいつもそれに甘えて、なかったことにしてくれるならいいやって心のどこかで思ってたんだと思う。  子どもの頃に染み付いた(ずる)さは、なかなか消えない。雪夜に対してでも自然とその狡さが出ていたことに嫌気がさす―― 「夏樹さん……のせいでもないと思いますよ?」 「え?」 「あの……えっとね……言葉不足なのは……俺もだから。あいちゃんママたちに会った時とか……俺が夏樹さんに一言聞いていればよかっただけなのに、勝手に一人で考え込んじゃってただけだし……緑川先生の時だって――……」 「うん、そうだね。雪夜も一人で考え込んで突っ走っちゃうところはあるよね。俺に相談してくれたらいいのにって思ったこともいっぱいあるし……隣人トラブルの時とか緑川の時とか……ふふ、そっか、俺たち圧倒的に言葉が足りてなかったね」  思わず笑ってしまった。  結局いつもと同じで雪夜がこうやって俺を許しちゃうんだけど……でも、確かに二人とも言葉が足りていない。    そりゃそうか。  俺は本気で誰かを好きになったのは初めてだし、雪夜は今まで恋人どころか友達もいなかった。  お互い、他人と壁を作って生きてきたから、どこまで踏み込んでいいのかわからないんだ。  好きなのに……好きだから……嫌われたくないから――……   「……そうですね」  俺が笑っているのを見て、雪夜もようやく表情をやわらげた。 ***

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