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夜明けの星 1.5-7(夏樹)
若干ゴリ押しではあったけれども、お互いにこれからはもっと言葉にして伝えていこうね。ということで何とか雪夜も納得した。
それにしても……雪夜が落ち込む度に俺の情けなさが露呈している気がするんですけど……あ~もうカッコ悪っ……
***
「あの……俺の家族のこととかって……知りたいですか?」
風呂上りに雪夜の髪を乾かしていると、雪夜が不意に聞いてきた。
「えっ、雪夜の家族のこと?」
夏樹が勝手に雪夜の家族のことや過去のことを裕也たちに調べて貰っていることがバレたのかと思って一瞬ドキッとした。
雪夜が前を向いていてくれて助かった……たぶん今俺顔が引きつってた……
「夏樹さんの家族のこととか、子どもの頃の話とかいっぱいしてもらったでしょ?だから……あの、俺のことあんまり話してなかったから……夏樹さんにばかり話させておいて、俺が何も話してないのはフェアじゃないっていうか……あ、でも興味がなければ別に――」
「知りたいよ!?話してくれるなら、聞きたい。雪夜のことで知りたくないことなんてないよ!」
雪夜のことは何でも知りたい。
雪夜が歩んできた人生……たとえそれが作られた記憶であったとしても。
雪夜は不安定になっている時にたまに独り言のように家のことや過去のことを呟いていることがあるのだが、本人は覚えていないらしい。
一応、その時に聞いた内容と裕也の情報で現在の雪夜が持っている記憶はだいたい把握しているけれど、そこに歪みがないかを確認するためにもちゃんと聞いておきたかった。
***
「それで?子どもの頃の雪夜ってどんなだったの?」
雪夜がリラックスして話せるように、ベッドに横になって寝物語に話を聞くことにした。
手枕をして雪夜の髪を撫でながら先を促す。
「え~とね……あの、話すのはいいんですけど、俺記憶力が悪くて……前に暗闇がダメな理由を話しましたよね?」
「うん」
「小さい頃の記憶はアレくらいしか覚えてないんですよね。後は何だかぼんやりしてて……なんかね、子どもの頃は身体が弱くてよく入院してたみたいで、入院したらほとんど寝てるでしょ?だから、夢と現実がごちゃ混ぜになっちゃってたりするみたいで……だから俺の記憶だと思ってるのも本当は夢だったのかもしれなくて……」
なるほど、上書きしきれなかった分はそうやって誤魔化されたわけだ。
「いいよ。夢でも現実でも。雪夜が覚えてる話、全部聞いてみたいな」
「そうですか?それじゃぁ……え~と――……」
――暗闇のトラウマについては、以前聞いたのと同じだった。
山で迷子になって2日間遭難。足を怪我していて動けなくて、真っ暗で怖くて――……
「発見された後、俺は高熱でしばらく入院しちゃって……退院した時には両親は離婚してました。その時はまだ離婚の意味はわからなかったんですけどね。父の姿がなくて、母に聞いても、もういないからって言われて……何かそれ以上は聞けない雰囲気で……今でも理由はよくわからないんですけど、タイミング的にたぶん俺のせいです。俺が迷子になったせいで……」
雪夜が一瞬泣きそうに顔を歪めた。
それは違う!と言いかけて、言葉を飲み込む。
雪夜のせいではないのだけれど、なぜそれを知っているのか聞かれるといろいろと困る……
夏樹は心の中で自分に舌打ちをして、慰めるように雪夜の頬を撫でた。
「それからは母一人で俺を育ててくれて、でも俺やっぱりしょっちゅう入院してたから、母にはいろいろと迷惑かけまくりで……だけど今は俺もだいぶ身体も強くなったし、母も再婚して幸せそうなんですけどね!あ、その再婚した人には子どもがいて、俺一人っ子だったから急に兄が二人も増えて嬉しくて……二人ともすごく頭良くて優しくて、俺のこと可愛がってくれて……母よりも兄たちの方が過保護なくらいなんですよ」
雪夜が嬉しそうに笑った。
一人っ子……か。
俺が雪夜の記憶に疑問を持ったきっかけがこのことだった。
一人っ子のはずなのに、魘 されている時や不安定になっている時にたまに口走るあの言葉……
裕也さんの情報が本当なら――……
いや、今はそのことは置いておこう。
「そっか、雪夜にはお兄さんがいるんだ?」
「はい!あの……母が再婚した相手がお医者さんでね?兄二人も今はお医者さんなんです!だから忙しくてなかなか会えなくて――……」
「それは淋しいね。ところで、雪夜はどうして一人暮らししてたの?実家からでも通える距離だよね?」
「あ……えっと……大学生になったら一人暮らしがしてみたくて……それに俺がいたら母が旦那さんとイチャイチャ出来ないじゃないですか。二人の邪魔をしたくなくて……兄たちももう家を出ちゃってるし……俺がいるとまた――……」
「俺は、雪夜が一人暮らししてくれて良かったよ。だってそのおかげで、今一緒にいられるんだから」
思わず雪夜の言葉を遮った。
雪夜は両親が離婚した理由が自分のせいだと思っている。
新しい家族との仲は良好だ。だが、自分がいるせいで今の家庭まで壊してしまうのではないかと思っているらしい。
兄たちが家にいた時はまだマシだったけれど、兄二人が就職して家を出てしまって両親と雪夜の三人になると、その思いが強くなったのだろう。
「え?あっ……!」
「一人暮らしじゃなきゃ俺を拾うこともなかっただろうしね」
「そうですね!」
雪夜がふふっと照れ笑いを両手で隠して夏樹の胸に顔を埋めてきた。
そこで止めておけば良かった……
そこで話を終わっておけば――……
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