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夜明けの星 2-3(夏樹)
「あ、ちょ、浩二さんかわって下さ――」
「あ、悪ぃ、切っちまった」
「ええええええ!?」
明らかに確信犯な浩二の笑顔を見て、夏樹はその場に崩れ落ちた。
雪夜とちゃんと話しておきたかったのにっ!!
俺から誘っておいて直前でキャンセルとか……
雪夜怒ってる……よなぁ~……
「雪ちゃんにはちゃんと連絡したし、裕也が迎えに行ってるし、これでもう心残りはねぇだろ!おら、いつまでも床に座り込んでねぇで立て立て!」
「心残りしかないですよっ!!」
っていうか、裕也さんが迎えに行ってるってことは、事前に打ち合わせてたってことじゃねぇかよっ!!
「そうかそうか、んで、お前スーツどうする?俺の着る?それとも新しいの買ってやろうか?」
「そんなの別に何でもいいですよ……」
「あっそ?んじゃ社長室 行くぞ――」
***
――数分前。
十二月に入ってからずっと忙しかったので、夏樹は今日は絶対に早く終わらせて雪夜とデートをするつもりだった。
昼休みに雪夜に連絡した後、今夜の店も予約しておいた。
計画通りに仕事を終わらせて、他の余分な仕事は明日に回して、定時きっかりに職場を出ようとしていた時……
「お~い、ナツ!ちょっと待て!」
「あ、社長、お疲れ様です。そしてさようなら!」
あまりにもタイミングよく現れた浩二に、嫌な予感しかしなかったので全力で振り切ろうとしたのだが、あっさりと捕まってしまった。
「社長が待てっつってんだろうがっ!お前どこに行くつもりだ?」
「どこもなにも……終業時間過ぎたので帰ります!あと、普通の社長は社員に回し蹴りなんかしませんよっ!!」
浩二の回し蹴りを受け止めた腕をひらひらと振りながら文句を言う。
まともに受けたので若干痺れていた。
夏樹だけなら避けられたのだが、ちょうど他の社員が近くにいたので避けられなかったのだ。
浩二は他の社員がいれば夏樹が庇うとわかっていて仕掛けてきたのだろう。
まぁ、もし夏樹が避けても、浩二なら他の社員に当てる前に寸止め出来るとは思うが……
因みに、浩二と夏樹が出会い頭に言い合いを始めるのも殴り合うのもここでは日常なので、誰も驚かない。
「ナツ、お前今日残業だぞ?」
「へ?」
「へ?じゃねぇよ!今日は俺と一緒にマダム百合子 のパーティーに行く日だぞ?」
「そんな話聞いてませんよ!?」
「うん、今言った」
「お断りします!」
「却下。拒否権はない。お前が来ないと会社が潰れる!大丈夫だ、服なら俺のがあるし!」
「何ですかそれ!パーティーなら社長と秘書で十分でしょう!?俺これから雪夜とデートで……」
「あ、そうか。雪ちゃんね。わかった、それじゃ電話しろ」
「は?」
「俺が事情を話してやるよ。雪ちゃんにナツを借りていいか聞けばいいんだろ?おら、携帯出せ。え~と……」
「あ、ちょっと勝手に……――」
***
――あの時……浩二さんの回し蹴りを受けずに避けてさっさと逃げていれば…
いや、どうせ逃げても俺が雪夜のところに着く前に裕也さんが着いてるか……
「はぁ~……って、え?」
不貞腐れて適当な返事をした夏樹だったが、秘書が浩二のスーツの予備をソファーに並べていくのを見て、即前言撤回した。
「すみません、やっぱり自分のスーツ取りに戻っていいですか……」
そうだった……浩二の服は……
体形はほとんど同じなので服のサイズは問題ない。
問題なのは、センスの方だ。
浩二のスーツは某有名ブランドのオーダーものばかりなので、品質 は良い。
だが、派手好きで目立つのが好きな浩二は少し変わったデザインのものをオーダーすることが多い。
夏樹はわりとシンプルなデザインを好むので、残念ながら浩二の服は……夏樹の趣味ではない。
「却下。取りに戻るくらいなら新しいの買いに行くぞ」
「いや、俺パーティースーツやタキシードなんて何着も必要ないですし!」
「今日のパーティーはマダム百合子が主催してんだから、お前にちゃんとした格好させていかないと俺が怒られんだよっ!」
「だから、ちゃんとしたタキシード持ってますって!っていうか、浩二の服 ってフォーマルじゃないですよね?」
いくら浩二でも、TPOはわきまえている……はず。
「今回のパーティーは一応クリスマスパーティーだから、フォーマルじゃなくていいんだよ。むしろ、堅苦しい恰好してくんなって招待状に書いてあった。お前の持ってるスーツって前に着て行ったやつだろ?マダムは記憶力が良いんだから同じやつ着て行ったら、お前の会社は部下に新しい服を買う給料も出せないのかって言われるだろうがっ!」
「そんなこと……言いますね、百合子さんなら……」
「言うんだよっ!!そして俺が怒られんのっ!わかるか?今回だって、俺は一応お前は用事があるから無理だって断ったんだぞ!?そしたら何て言ったと思う?お前を連れて来なきゃ融資切るって言ってきたんだからな!?だからさぁ、俺を、会社を、助けるためだと思って、頼むよ~!」
若干芝居がかった仕草で夏樹を拝んでくる浩二を見下ろし、夏樹はこめかみを押さえてため息を吐いた。
大袈裟に聞こえるが、たぶん本当のことなんだろう。
今日のパーティーの主催者はそれくらい言いかねない人なのだ。
「わかりました……」
夏樹は渋々、浩二の服の中から自分でも何とか着こなせそうな服を選んだ――
***
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