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夜明けの星 2-8(雪夜)
「……ぁ……」
女の人に囲まれている夏樹さんを見るのは、もう慣れている。
だから別に……
「お~今日も囲まれてるね~」
「そう……ですね」
「あれが今日のなっちゃんのお仕事だよ」
「……え?」
「このパーティーには、財界や政界の権力者も大勢招かれてるんだ。あの女性たちは、そういう人たちの配偶者や娘なんだよね~。ああやってなっちゃんに言い寄って来た人たちと仲良くしておけば、旦那や父親とのコネクションを作ってくれるし、会社にとって有力な情報を聞き出すこともできるんだよ。だから、こういうパーティーでのなっちゃんの一番のお仕事は、ああやって女性に囲まれることなの」
「……なるほど……」
なんだかよくわからないけど……偉い人たちとお友達になるために必要な手段ってことなのかな……?
あれが……お仕事……
「そうは言っても、恋人のあんな姿見たくないよねぇ」
「えっ……いや、でも……お仕事だから……仕方ないですよ……」
一瞬裕也に心を読まれたのかと思ってドキッとした。
夏樹さんがお仕事をしている姿は、見てみたいと思う。
だけど、それは会社で働いている姿であって、あんな……キレイに着飾った女の人たちに囲まれている姿が見たかったわけじゃない……
でも……あれがお仕事……あれもお仕事……
夏樹さんの顔を見れば、喜んでやっているわけじゃないのはわかる。
明らかに作り笑顔だし、目が笑ってないし……なのに……
「雪ちゃん、ごめんね。今は我慢してね」
裕也が雪夜の肩を抱き寄せて、慰めるように軽く擦ってくれた。
「あ、はい。大丈夫ですよ!夏樹さんがモテるのは知ってますし、ああいう光景も……見慣れてますから!」
「……雪ちゃん?僕は、今は我慢してねって言ったんだよ。あれはお仕事だから、邪魔はしちゃダメ」
「はい、わかってま――」
「で~も!」
裕也が雪夜の言葉を遮って顔の前に指を一本立て左右に振った。
「気持ちに蓋をしろとは言ってないよ?あれを見て思ったことは後でなっちゃんにぶつければいい」
「え?」
「ずっと我慢して、こんなの別にどうってことない、って心の中に閉じ込めておく必要はないんだよ。今だって、笑いたくもないのに無理して笑わなくてもいいんだ。お仕事だから邪魔しないように我慢してたけど、本当はムカついた!って、女の人たちに囲まれてるの見てイヤだった!って言っていいんだよ」
「だって……そんなこと言っても……仕方ないし……」
「仕方なくないよ。お仕事でああやって囲まれるのは仕方ないけど、普段は違うでしょ?雪ちゃんがちゃんと伝えておけば、普段一緒に出掛けた時のなっちゃんの対応が変わるし、何より、雪ちゃんが素直な気持ちを話してくれたらなっちゃんは喜ぶと思うよ?だいたいね、雪ちゃんは我慢しすぎ!」
「でも――……」
裕也と話していると、俄かに周囲がざわついた。
***
「あ~らら、やっぱり出たか」
「……?」
裕也の視線を追って行くと、夏樹がいた辺りの人たちが一斉に何かを避けて後ろに下がったらしく、ぽっかりと空間ができていた。
え?何が起きたの?夏樹さんは!?
ざわつく会場内に誰かの怒鳴り声や喚き声が聞こえる中、雪夜は必死に背伸びをして夏樹を探した。
「あ、雪ちゃん、なっちゃんなら大丈夫だよ。ほら、あそこ」
「え?」
裕也に言われて夏樹がいた辺りをよく見てみると、夏樹が男を取り押さえて、黒服の男の人たちに引き渡しているのが見えた。
「見えた?」
「あ、はい!夏樹さんが不審者?を取り押さえたみたいですね!」
「今のが、なっちゃんのもう一つのお仕事だよ」
「え?」
「このパーティーの主催をしてるマダム百合子はね、亡くなった旦那さんから莫大な資産を受け継いでるんだよね。所謂お金持ち。んで、それを使って金貸しみたいなことをしてるの。投資家とか聞いたことない?」
「あ、はい。テレビとかでちょっと聞いたことがあるくらいですけど……」
「うん、まぁ簡単に言うと、投資っていうのは、利益目的の資金援助をすること。で、融資っていうのは――……」
裕也先生のお話は、雪夜には次元が違い過ぎて途中からもう何を言っているのか全然わからなくなった。
どうしよう、せっかく説明してくれてるのに、チンプンカンプンだ……
「――ってことなんだよ。雪ちゃんわかった?」
「ほぇ!?あ、は、はい!た、たぶん……?すみません、わかりません……」
「う~ん……ちょっと難しかったかな。まぁ、つまり、こういうパーティーを開くと、大抵復讐とか腹いせとかでマダムの命を狙いにくるおバカちゃんが出て来るわけだよ。それにマダム以外の参加者も、誰もが命を狙われてもおかしくない人たちばかりだしね」
裕也があっけらかんと笑った。
命を狙われてもおかしくない人たちばかりの集まりってどういうことですかぁああ!?
「で、なっちゃんは、マダムが危険な目に遭いそうな時に守るBG の役割もしてるの。一応ちゃんとマダムに雇われてる本職のBGもいるんだけどね、残念ながら、そこらのBGよりもなっちゃんの方が不審者を見つけるのに長 けてるんだよね~」
「だから今日もそのマダムさんは夏樹さんを連れて来いって言ったんですか?でも、それだと夏樹さんが危ないじゃないですかっ!?」
ちゃんとしたBGがいるならなんで夏樹さんがそんなに身体を張らなきゃいけないの!?
「マダムがなっちゃんを連れて来いって言うのは、なっちゃんが亡くなった旦那の若い頃に似てるからなんだってさ。ま、本当に似てるのかどうかはわからないけど、お気に入りなのは確かだね。BGはついでみたいなものだよ」
「え……ついで……?」
ついでで身体を張るの!?
「心配しなくても、なっちゃんは簡単に怪我しないから大丈夫だよ。犯人が飛び道具使ってきたら、なっちゃんは躊躇なくマダムを足で蹴り飛ばすしね。なっちゃんはマダムにBGとして雇われてるわけじゃないんだもの。自分の身を挺 してまで守る義務はない。とりあえずマダムを犯人や凶器から遠ざければいいんだよ。そのためにとった行動のせいでマダムが多少怪我をしたとしても、なっちゃんは悪くないってマダムもわかってるからね。まぁ、毎回文句は言ってくるみたいだけど、ちゃんと感謝もしてくれてるみたいだよ?」
マダムを……足で蹴り飛ばす……?
あの夏樹さんが、女性を……しかもお年寄りを……?
想像できないっ!!
絶句する雪夜を裕也がニコニコ笑顔で眺めていた――……
***
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