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夜明けの星 2-9(夏樹)
「あ゛~~~~……」
夏樹は、大きく伸びをして息を吐きながらベッドに仰向けに倒れこんだ。
「おっ疲れ~。ま、後は個別に商談タイムだから、マダムの護衛はBGだけで大丈夫だろ」
「ところで、あいつは見つかったんですか?」
数時間前、夏樹と浩二は他の参加者が来るよりも早く船に乗り込んで、後から搭乗してくる参加者の顔を一人ずつチェックしていた。
自分ではあまり意識していないが、俺はわりと記憶力がいいらしい。
白季組 の構成員はもちろん、龍ノ瀬 組や他の関連組織のメンバー、それから暗殺系の犯罪が得意な連中の情報はほとんど頭に入っている。
そのせいで、マダムのパーティーに出る時は大抵こうやって不審者探しに駆り出される。
今日も搭乗の時点で数人不審なのがいたので、密かに捕まえて縛り上げてある。
ただ、マダムに恨みを持つ一般招待客までは関知していないので、そういう奴らが何かしらの行動を起こした場合には会場内で捕まえる。
マダムには専属BG がいるんだからパーティー会場では俺は必要ないだろうと思うのだが、まぁ、マダムの傍にいれば女性客の誘いを断りやすいので、なんだかんだでいつもマダムのBGもどきになっている。
「いや、お前が怪しいって言ってたやつは、やっぱり会場には入ってないらしい。スタッフにもいないみたいだから、どこかでよからぬことをしようとしてる可能性が高いな」
「早く見つけた方がいいっすよ。あいつが俺の知ってるヤツならこの船がヤバい。それに俺が覚えてるのは数年前のデータだから、今のあいつがどこに所属してんのかはわからないし誰に雇われてるのかもわからない……裕也さんならわかると思いますけど」
今日の参加者の中で、一人気になるのがいた。
名簿の情報には問題なかったので一応そのまま通したが、何か直感的に気になったので一応要注意人物としてチェックはしておいた。
夏樹の頭に入っている犯罪者データの中に、自分で爆弾を作っていろんな組織に売っている奴が数人いる。後になってその中の一人が頭に浮かんだ。
夏樹の頭に浮かんだ奴は、通称『カメレオンボム』と言って、依頼を受けると自ら現場に赴いて、自作爆弾の威力を存分に発揮できる場所を選んで設置するタイプの爆弾魔だ。
元コスプレイヤーだったせいもあり、無駄に変装スキルが高いので見つけるのが少しばかり厄介な男で、本当の顔は誰も知らない。……ということになっている。
そいつが狙うのは主に建造物。自分の爆弾 で建造物が派手にぶっ壊れるのを見るのが好きなのだ。
本人的には人殺しが目的ではないので、まず最初に小さい爆発を起こして周囲の人間に逃げる猶予は与えてくれる。
人体に直接爆弾を取り付けるような胸くそ性癖ではないだけマシかもしれない。
***
「そうだな。メイン会場にいないとなったら、後考えられるのは……下だな」
「船底に穴あけて沈めるか。だとしたら、船底から目を逸らさせるために他にもいくつか仕掛けてるはずですよ」
「とりあえず、船を沈めると仮定して重点的に調べさせるか」
「じゃあ、そういうことで。俺帰ってもいいですか?俺の仕事もう終わったでしょ?」
「ナツ?お前忘れてるかもだけど、今は海の上だぞ」
浩二がにっこり笑った。
今日のパーティー会場に使っているのは、世界一周の旅にも出られる規模の豪華客船だ。
ちょうど長旅を終えて帰港しているところを、貸し切ったのだとか。
マダムのやることは常にぶっ飛んでいるので今更こんなことじゃ驚かないが……
停泊中の船内でするのかと思ったら、いつの間にか少し沖に出ていたのにはさすがに驚いた。
パーティー開始後の外部からの侵入を避けるためっていうのはわかるけど、おかげで俺が帰れないじゃないかっ!!
「ヘリ呼んで下さい。俺まだ死ねないんで、沈没する前に脱出したい」
「おいこら、俺らは死んでもいいってか?」
浩二に膝をペチンと叩かれた。
「浩二さんはそれくらいじゃ死なないでしょ。っていうか、死なないように頑張って捕まえて下さいよ。それより俺は早く帰りたいです。雪夜が待ってるし」
「やれやれ、困ったちゃんだなぁ。でもヘリを呼ぶのはせめて爆弾とそいつを見つけてからだ。だってヘリを見たらそいつが焦って行動起こしかねないだろう?」
「ぅ゛~~……ああ~~~もぉおお~~!!」
「まぁまぁ、優しいお兄さんがプレゼントやるから、そんなに拗ねんなって!」
プレゼントぉ~?何か知らないが今はそんなものどうでもいいっ!!
ぶっちゃけ、爆弾魔も、どうでもいい!!
この船が、沈もうが、ど~~~でもいいっっ!!
俺は早く帰って……雪夜に会いたいぃいいいいいいっ!!
雪夜との予定を邪魔されて半ば強制的にここに連れて来られたせいでストレスゲージがもう限界に来ていた夏樹は、枕に顔を押し付けて叫んだ。
「雪夜ぁあああ~~!!」
「え、あ、ひゃいっ!」
「……ぁ?」
あれ?なんか雪夜の声がしたような……いや、こんなところにいるわけないし……
「あの……な、夏樹さん?」
恐る恐る夏樹を呼ぶ声がしてギシッとベッドが沈み込んだ。
夏樹が枕から顔を上げると……
ここにはいないはずの雪夜が夏樹を見下ろしていた――
***
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