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夜明けの星 2-16(雪夜)
「お嬢さん、落とされましたよ」
「え?」
声をかけられて、女性が立ち止まった。
夏樹は女性に何かを渡す仕草をし、夏樹の動きにつられて手を出して来た女性の手首を掴んで手前に引っ張ると、よろめいた女性を支えるフリをして何かを耳打ちした。
その途端、女性の顔が強張って少し青ざめた。
夏樹はそのまま、さりげなく女性の腰に手を回した。
傍から見ると、ただのナンパだ。
っていうか、どこからどう見てもナンパです。
女性の青ざめた表情を見ていなければ、完全に誤解をしてしまう案件ですねコレ。
夏樹さんのことだから、何か理由があるのだとは思うけれど……
それでもやっぱり、ちょっと……ぅ゛~~~っ!!
何となく面白くなくて雪夜が頬を膨らませていると、二人が小声で何か言い争いを始めた。
雪夜はそこでようやく、夏樹が腰に手を回しているのは、女性が逃げられないようにがっちり捕まえているのだと気付いた。
夏樹さん……?
あ、そうだ!浩二さんに連絡しなきゃ!
よくわからないが、夏樹に言われたのでとりあえず浩二に連絡を入れる。
「あ、あの浩二さん?雪夜です」
「おー、どうした?」
「あの、何か夏樹さんが浩二さんに連絡しろって」
「今どこだ?」
「さっきの場所からほとんど動いてないんですけど、夏樹さん女の人と話してて……」
「女~?……あぁ、わかった、すぐ行く!」
一体何がわかったの?
電話をした雪夜が何もわかっていないのに、浩二はなぜかすぐに理解したらしい。
釈然としないまま電話を切って顔を上げると、雪夜の目の端に何か光るものが映った。
ん?何だろう……今何か光って……
海岸線の街の灯りとは違う、もっと手前の方……明らかに海の上で、何かがチカチカと光って見えた。
んん……?
雪夜はもっとよく見ようと手すりに近付いた。
「夏樹さ~ん、何かあそこで光ってませんか?」
夏樹が女性と話している最中だということを忘れて、夏樹に話しかけた。
「っ雪夜!――っ!!」
少し手すりから身体を乗り出して海面を指差している雪夜を見て、夏樹が何か叫んだ。
「え?」
夏樹が叫ぶのと同時に耳をつんざく爆発音がして足元が少し揺らいだ。
爆発音に驚いて手すりを掴んでいた手が滑りバランスを崩して上体が前のめりになっているところに、強風が吹いた。
反射的に風から顔を背けて目を閉じた瞬間、強風に煽られて雪夜の身体が宙に浮いた。
あ……れ……?
気がついた時には雪夜の身体は船から投げ出されていた。
無意識に夏樹に向かって手を伸ばす。
捕まえていた女性を壁に叩きつけて夏樹も雪夜に手を伸ばしてきたが、後数センチのところで届かずに宙を掴んだ。
夏樹さん……!
まるでスローモーションでも見ているかのようにゆっくりと夏樹の顔が遠ざかって行った――
***
――落ち……る……
『――……んか……らいっ……ねば……いの……っ!』
――……誰?
爆発音の影響で、キーンという耳鳴りがする。
音がこもっているせいか、どこか現実味がなくて、雪夜は自分が落ちていることを他人事のように感じていた。
為す術 もなく落ちていく雪夜の頭の中に、ふと、ある光景が浮かんだ。
誰かが雪夜に向かって何かを叫んでいる。
でも、古い映像フィルムのように声も顔も黒いノイズのようなものがかかっていて、誰なのかよくわからない……
ただ、ノイズ混じりのその映像が浮かんだ途端に、猛烈な吐き気と悲しくて苦しくて切ない感情に胸が押しつぶされそうになった。
なにこれ……
これは……俺の記憶?
今のは……誰だろう……?
いつの記憶……?
「雪夜ぁっ!!」
夏樹の声にハッとする。
顔を少し持ち上げると、遠ざかっているはずの夏樹の顔が、さっきとほとんど変わらない距離にあった。
え……なんで……!?
「なつっ……」
夏樹の名前を叫ぼうとした時、また頭に何かの光景が浮かんだ。
あ……この感じ……どこかで……
さっきの光景とは別に、もう一つ……
今度はカメラのフラッシュのように眩しかった。
やっぱり顔はわからないけれど、さっきと違って優しくて温かい感情に包まれた。
そうだ……同じようなことがあった……気がする……
必死に雪夜に手を伸ばしていた夏樹の顔……
ああいう顔……見たことある……ような……?
「雪夜――っ」
夏樹の声でまた我に返った時にはもう海面がすぐ間近に迫っていた。
急いで息を止めた瞬間、雪夜の身体は暗い夜の海に吸い込まれた。
――着水の衝撃で一瞬息が止まった。
せっかく吸い込んだ空気が漏れる。
海の中は船から見ていた時よりも、想像以上に真っ暗だった。
暗闇と波のせいで上も下もわからない。
手を動かさなきゃと思うのに、身体が思うように動かない。
服が海水を吸ってどんどん重くなる。
苦しい……暗い……怖いっ……誰か助けてっ!
助けてっ夏樹さんっ!夏樹さ……――
身体と意識が沈んでいく中、黒い記憶と白い記憶が交互に頭の中でフラッシュバックしていた。
あぁ、そうだ……あの時も……
思い……出した――……
***
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