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夜明けの星 2-18(夏樹)
「お嬢さん、落とされましたよ」
「え?」
夏樹は、つられて手を出して来た女の手首を掴んで引き寄せた。
「つ~かま~えた。探したよ、カメ太郎君」
「……ぇ?」
「あぁ、ごめん。力 丈太郎 君だっけ?」
「なっ……ど、どなたのことかしら?」
『カメレオンボム』こと『力 丈太郎』が、本名を呼ばれて明らかに動揺した。
「こんな格好して何やってんの?」
「あの……どなたかとお間違えじゃないかしらっ!?」
「あのね、見た目はバッチリなんだけど、化けるなら中身も完璧にしてくれる?お前が化けてる子、そんなキャラじゃないんだよね。残念でした~」
「っ!?……ちっ!あんた誰だよ!?……何でバレたんだ?僕の変装は完璧だったはずなのにっ!!」
「だから、キャラが違うんだっつってんだろ!それより、今回お前単独じゃねぇだろ?らしくねぇよなぁ、どうした?」
「よく知ってますね……。確かに僕は単独が好きなんですけど~……ちょっと別件でミスっちゃって、今回仕方なく他のやつと組むことになっちゃって……って、あの、腰っ!手離してくれません?」
カメが話しながら逃げようとしていたので、腰に手を回して捕まえていた。
「他のやつって誰だ?」
「いやいやいや、それはさすがに言えないっすよ~。っつか、あの、何でそんな密着してくるんですか!?」
「お前が逃げようとするからだよ。じゃあ、仕方ないからカメ太郎君が喋りたくなるまで待つか。例えばこの船の船底で――」
「ちょっ!」
「ん?どうかしたか?」
「あ~……いや、あの……船底は~……僕酔いやすいから……」
「大丈夫だ。海のど真ん中にいるわけじゃねぇんだし、この船、揺れ防止装置ついてるから」
「ですよね~!?……いや、あの……あ~もう!あんた誰か知らないけど僕のこと知ってるんでしょ?わかった!雇い主はさすがに言えないけど、爆弾の場所は言うよ!それでいいでしょ?」
「爆弾の場所はどうでもいい。お前がスイッチを押さなきゃいいだけの話だろ」
「残念ながら、僕はスイッチ持ってないっす。一緒に組んでるやつに持って行かれちゃって……」
「そいつどこ行った?」
「……何で今僕がここにいると思います?」
カメが意味深な顔で夏樹に笑いかけた。
スイッチを持ってるのがカメじゃないとすると……?
夏樹が思考を巡らせた一瞬の隙をついて、カメが大きく手を振り上げた。
しまった、合図か!?
「夏樹さ~ん、何かあそこで光ってませんか?」
雪夜に呼ばれて振り返ると、なぜか雪夜が手すりから乗り出して海の方を指差していた。
ちょっ、雪夜!?そんなとこで何やってんの!?
「あの子、あんなに乗り出してたら危ないっすよ?」
耳元でカメが含み笑いをした。
「っ雪夜!手すりから離れ――!!」
嫌な予感がして叫んだ瞬間、爆発音がして雪夜がバランスを崩した。
「雪っ――!!」
咄嗟にカメを壁に叩きつけて、雪夜に向かって走る。
精一杯伸ばした手が、あと一歩のところで宙を掴んだ。
夏樹に向かって手を伸ばしたまま落ちていく雪夜の口が声もなく「夏樹さん」と動いたのが見えた――
うそだろっ!?
「あ、おい夏樹っ!?待て――!!」
背後で浩二の声が聞こえた気がしたが、その時にはもう夏樹も雪夜を追いかけて空中に身を躍らせていた。
***
夏樹は落下しながら上着を脱いだ。
上着が風を含んでバランスを取るのが難しいからだ。
現に雪夜が風に煽られて不安定な恰好で落ちていく。
あの体勢で落ちると危ない……っ!
頭から落ちていったはずの雪夜は、上着が風を含んで今は腹部が下を向いている。
海面にもろに腹部を打ち付けると重傷か、もしくは打ちどころが悪ければ――
いや、この高さなら何とかなるか?
一か八かだなっ……
「雪夜ぁっ!膝抱えろっ!丸まれっ!」
夏樹の声が聞こえたのか、雪夜が慌てて手をばたつかせて着水の直前に何とか膝を抱えた。
雪夜が丸まった所に強風が吹いてうまく雪夜の身体がくるりと回転し、背中から海に飲み込まれた。
あれならたぶん衝撃もマシなはず……
ほっとした瞬間、夏樹も海に飲み込まれていた――
***
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