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夜明けの星 2-19(夏樹)

 雪夜は風の影響を受けてだいぶ着水点が横に流されていた。  夏樹は着水後、そのまま海中を雪夜が落ちた方向に泳いで行った。  真っ暗な海中を手探りと勘だけで潜っていく。  一度浮上するか?  雪夜も上にいるかも……いや、ないな。  海は荒れていて、波が高い。  ただでさえ泳ぐのが困難な状態だ。  その上、この暗さ。  暗闇にトラウマがある雪夜は、パニックになっているかもしれない。  水中でパニックになれば確実に……溺れる。  早く助けないとっ!  焦る気持ちを必死に抑えこんで、冷静に雪夜を探す。  落ち着かないと自分自身も危ない。  せめて灯りでもあれば……あ、灯り?  そういえば、今日つけている時計は浩二に借りたものだが、「この時計、裕也にいろいろ機能を足して貰ったんだ」と言っていた。  その中にたしか……  腕時計の横にある小さいボタンを押すと、ライトがついた。  それも腕時計の大きさにしてはかなり明るい。  どれくらいもつかわからないので、急いで周囲を照らした。  雪夜っ!どこだっ!?    明るいと言っても、そんなに何メートルも先まで明るくなるわけではない。  およその見当を付けて潜っていくと、一瞬何かキラッと光った。  魚か何か別のモノに反射した可能性もあるのに、なぜか雪夜だという確信があった。  光ったあたりに目を凝らすと、沈んでいく雪夜の手が見えた。  見つけたっ!  夏樹は今度こそ雪夜の手をしっかりと掴むと、身体を抱えて急いで浮上した。 *** 「ぷはっ!ゲホッ!……雪っ……雪夜っ!!返事してっ!!」  ぐったりとした雪夜の頬を叩く。  その時、夏樹の顔に光が当たった。  っ!?何だ眩しっ…… 「お~い、ナツ!今行く!もうちょっと頑張れっ!」 「斎さんっ!?」  いつの間にか、すぐ近くに斎の乗ったスポーツクルーザーが来ていた。  船は斎のものだが、今操縦しているのは詩織のところの若い衆だ。  何でここに……って、そうか。浩二さんが呼んであったのか。  恐らく、カメが先に脱出した場合に海上で捕まえるためと、船が沈みかけた場合に救助できるよう、斎たちが港で待機していたのだろう。  間もなくクルーザーが横に来たので、斎に雪夜を渡して引き上げて貰った。 「お前は自力で上がって来いよ」 「わかって……ますよっと!」  服が水を含んでいるせいで重たくなっている身体を、気合で持ち上げた。  さすがに荒れた冬の海への飛び込みはキツイ……  寒さと疲労で身体が震えた。   「雪ちゃん!聞こえる?雪ちゃんっ!」 「斎さっ……ゲホッ……人工、呼吸っ!」 「え?俺が、して、いいのか?」 「ダメッ!」 「はは、っつっても、お前も、呼吸が、怪しい、けど?」 「ゲホッ、……っ大丈夫……っ!胸骨圧迫(心臓マッサージ)の方やって!」 「それは、もう、やってる、よっ!……29、30!はい、息入れろっ!」 「はいっ!――っ」  夏樹が呼吸を整えている間に斎が心肺蘇生を始めてくれていた。  軽口は叩いていても、斎はこういう緊急時の対応は慣れているので頼りになる。 ***   「ぅっ……」 「雪夜っ!?」  もうすぐ港に着くというあたりで、雪夜が水を吐き出して呻いた。 「ゲホッ!……っ」 「雪ちゃん、意識戻ったか?」 「雪夜っ!!俺の声聞こえる!?雪っ!?目開けて!!」  夏樹が雪夜の手を握って呼びかけると、雪夜の瞼がピクリと動いた。 「……っ」  薄っすらと目を開けた雪夜が、夏樹を見て何か喋ろうと口を開けた。 「俺のことわかる!?わかったら手握って!?」  雪夜が微かに手に力を入れた。 「よし、いい子だ!おかえり、よく頑張ったね!もう大丈夫だよ」  ほっとして頬にキスをして額をくっつけると、  オモイ……ダシタ……  雪夜が微かな呼気音でそう呟いて、夏樹の手を握ったまままた目を閉じた。 「……ぇっ……!?」  今……何て……? 「おい、おいナツ!どうしたっ!?雪ちゃんの呼吸は?ちゃんと息してるか!?」 「えっ!?あ、は、はいっ!」  斎に言われて、雪夜の呼吸を確認すると、呼吸は正常に戻っていた。 「んじゃ、このまま病院連れて行くぞ!――」 ***  ――病院に向かう間も、夏樹の頭の中では雪夜の言葉がグルグルと回っていた。  思い出したって……を!?  記憶を!?  まさか――……   *** 

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