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夜明けの星 2-20(夏樹)
「……ん?」
「お、起きたか。具合どうだ?」
夏樹が目を開けると、ベッドサイドに座っていた斎が覗き込んできた。
「斎さん?俺何で…………っ雪夜は!?……ぅっ……」
「バカッ!急に起き上がるな!雪ちゃんなら隣で寝てるよ」
「隣……?」
斎の背後を覗くと、隣のベッドで眠る雪夜が見えた。
「雪夜っ、身体は!?ケガは!?どこも異常ない!?大丈夫なんですかっ!?」
「落~ち~着~けっ!!大丈夫だ。心配ないよ」
斎は胸倉を掴む勢いで問い詰めてくる夏樹をちょっと苦笑しながら宥めると、軽くベッドに押し戻した。
あれから俺たちは、マダムの口利きでパーティーの参加者の一人が経営している病院に雪夜を運び込んだ。
そこまでは覚えている。
雪夜が処置室に連れて行かれた後、ほっとして気が緩んだせいか俺も倒れたらしい。
強風のおかげで着水の衝撃が弱まったこと、着水から救助までの時間が短かったこと、救助後の処置が的確だったこと……それらが相まって、雪夜は奇跡的にほぼ無傷だった。
真冬の海に落ちた後、強風にさらされたので低体温症になっていたが、それも今はだいぶ落ち着いてきているらしい。
「良かったぁ~……」
夏樹は顔を覆って深く息を吐いた。
「もうちょっと寝てろ。起きた時にお前がそんな蒼い顔してたら雪ちゃんが心配するだろ?」
「……はぃ……あ、そうだ。斎さん……雪夜、何か思い出したっぽい……」
「何かって、過去のことか?」
「たぶん……まだどの記憶かはわからないし、どれがトリガーになったのかもわからないんですけど……裕也さんに確認してみてくれますか?」
「わかった、調べておく」
「お願いしま……す……」
「お疲れさん。お前もよく頑張ったな……まったく、無茶しやがって……」
思いがけず斎に優しく頭を撫でられてちょっと安心してしまった夏樹は、急に倦怠感と疲労感に襲われて眠りについた。
***
数時間後、夏樹が目を覚ました時もまだ雪夜は眠ったままだった。
ほぼ無傷とは言え、海面に落ちた時の衝撃は想像以上に身体に負担がかかる。
それに加えて、雪夜の場合は落ちた時の状況が状況だったので、精神的なショックも強かっただろうとのことだった。
雪夜には爆弾が仕掛けられていることは知らせていなかったしな。
知らせていたとしても、急に爆発音がすればびっくりするだろうけど……
今回の被害を最小限に抑えたことへのお礼と、巻き込んでしまったことへのお詫びも兼ねて、マダムの厚意で雪夜には特別室が用意された。
本来は一人部屋だが、今回は特別に夏樹のベッドも並べてくれたらしい。
もちろん、入院費や治療費もすべてマダム持ちだ。
カメと、その仲間たちはすでに全員捕まっている。
あの時の爆発音は、カメが夏樹たちに近付く直前に仕掛けたばかりの最後のカムフラージュ用の爆弾だった。
幸い、他の爆弾はすでにこちらが見つけていた分だけだったらしく、全て解除済みだったので、結果的に爆発したのはその一個だけだ。
カメの裏にいたのが誰か、そいつらがその後どうなったかは夏樹は聞いていない。
名前を聞けば全員ブッ〇したくなるので、あえて聞かなかった。
「雪ちゃんが溺れたって聞いて、瀬 ちゃんと詩織さんと愛ちゃんの怒りに火が付いちゃってさ~。もぉ~宥めるのが大変だったんだよぉ~!?爆弾解除する方がまだ簡単だったよぉ~!」
斎への事後報告と夏樹たちの様子を見に来た裕也が、病室でぼやいた。
「お見舞いにも来たいって言ってたんだけど、あの三人が来ると雪ちゃんがゆっくりできないでしょ?だからとりあえず今はダメ~!って言って置いてきた」
あの三人に対して、そんな一言で言い聞かせられるのは裕也くらいじゃなかろうか……
「あ、なっちゃん、愛ちゃんから伝言。え~と『真冬の海に飛び込んだくらいで倒れるなんて、軟弱すぎる!また鍛え直してやるから早く元気になって顔出しなっ!』だってさ~」
「ぅげっ……!」
「愛ちゃんの地獄の特訓コースに比べたらあの高さから飛び降りるくらいどうってことなかったでしょ~?」
「高さ的には今回のは低かったんですけどね……海が荒れてたのと風が強かったんで体力と体温を一気にもっていかれちゃって……」
「そういうけど、なっちゃん、真冬の山で崖から滝壺に飛び込んでたよね?」
「あれは愛ちゃんから逃げるために仕方なくですよっ!」
「結局寒すぎて動けなくて愛ちゃんに即捕まってたよね~」
「いや、あれは裕也さんたちの監視を振り切れなかったのが敗因ですけどね――……」
夏樹は昔を思い出して顔を顰めた。
確かに今回無事だったのは、昔愛ちゃんに散々鍛えられたおかげではあるんだけど……
感謝はしてるけど、出来ることならもう二度とやりたくない!!
頭を抱えた夏樹は瞬時に愛華の特訓から逃げる言い訳を100通り考え出していた。
「ナツがまた無駄な努力をしようとしてるな」
「なっちゃんも懲りないねぇ~」
そんな夏樹を見て、斎と裕也が呆れ顔で笑った――
***
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