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夜明けの星 2-22(夏樹)

「な……きさ……ん」 「ん?……雪夜、気がついた!?」  名前を呼ばれて顔を上げると、雪夜と目が合った。  雪夜はぼんやりとした目で夏樹を見つめると、ふわっと笑った。 「大丈夫?気分は?どこか痛いところない?」 「きぶん……?」  まだ夢見心地なのか、ボーっとしながら視線を泳がせた。 「なつきさん……」 「ん?なぁに?」 「……そ……う……だっ!夏樹さんも落ちて……っ!?……っぁ……」  雪夜がガバッと起き上がって、すぐにまたベッドに倒れこんだ。  急に動いたのでどこかが痛んだのだろう。 「え、うん。落ちたっていうか、俺は自分で飛び降りたんだけどね。雪夜大丈夫?看護師さん呼ぼうか――」 「何、やってるんですか!?危ないじゃないですか!!」  ナースコールをしようとした夏樹の手を掴んで、雪夜が叫んだ。    ん?ボタンが? 「雪夜、これはナースコールのボタンだよ?」 「あんな高いところから、飛び降りたら……」 「え?あぁ、だって雪夜が落ちちゃったし、下は海だったから俺は何とかな……」 「だからって、夏樹さんまで落ちてどうするんですかっ!?」 「あ、はい……ごめんなさい」  雪夜に怒られるとは思ってもいなかったので勢いに押されて思わず謝った。  でも……  あれ?あ~……この感じはたぶん…… 「だって……夏樹さんまで……お、俺、夏樹さんが落ちてるの見て……夏樹さんに何かあったらどうしようって……だって落ちてるし……おち……たかいし、うみ、くらいし、さむいし……な、なんにも、みえないし……っ……なつきさん……がみえなくて……っふぇっ……っなつきさ……」  徐々に呂律が怪しくなってきて、雪夜が泣きながら膝を抱えて顔を埋めた。  あぁ……やっぱり。  だいぶ不安定になってるな…… 「よしよし、大丈夫だよ雪夜。ごめんね。怖かったよね。でも俺も怖かったんだよ。雪夜が落ちていくのをただ見てるだけなんて出来なかったんだ」  混乱して泣きじゃくりながら夏樹を呼ぶ雪夜をそっと抱きしめた。 「こわか……った……っ……」 「うん、そうだね」 「でも……おれ、なつきさん……たすけてって、ずっと、おもって……た、たすけにきてくれたのが……うれ、しくて……ごめ、んなさ……い」 「んん?何で謝るの?そこ謝る所じゃないでしょ」 「だって……おれが、たすけてって……っ」  あ~……う~ん……そうなるのか。  つまり、雪夜は自分が助けを求めたせいで俺が飛び込んだんだと、自分のせいで俺を危険な目に合わせたと思ってるわけだ? 「ねぇ、雪夜。雪夜が助けてって言わなくても俺は助けに行くよ。、雪夜を助けたいから。、雪夜がいないとダメだから。理屈じゃなくて本能で身体が勝手に動いちゃったんだから雪夜のせいじゃないよ」 「でも、なつきさ……おちて……しんじゃ……っ」  ぅお~い、ちょっと待て! 「ゆ~き~や!雪夜く~ん!ねぇ聞いて?俺は生きてるよ!?雪夜も生きてる。ちゃんと温かいでしょ?心臓も動いてるでしょ?聞こえる?」  夏樹はパニックになりかけている雪夜の背中をトントンと撫でた。  不安定になっている時は思考が飛びがちだけど、そっちに飛ぶとは……  雪夜~、俺を勝手に殺さないで~!!俺幽霊じゃないからっ!! 「あ……ったかい……?」 「うん、温かいね」 「いきてる……?」 「うん、生きてるよ?俺は雪夜を置いて死んだりしないよ」  っていうか、俺よりも雪夜の方が危なかったんだけどね……まぁ、本人はそんなことわかんないだろうけど。  だから本当に……俺だって……むしろ俺の方が……怖かったんだよ……? 「いきてる……」  雪夜はもう一度呟くと、夏樹の胸元に顔を擦り付けてきた。  しばらく夏樹の心音を聞いて少し落ち着いたのか、雪夜がほっと息を吐いた。  とりあえず、酷くなる前に抑えられたか。  このまま抱きしめていれば、寝落ちするはず……なんだけど…… 「え~と……雪夜、ちょっとごめん」 「……ふぇっ……?」  抱きついていた雪夜を引きはがすと、雪夜の瞳がまたうるうるし始めた。 「あ~大丈夫。どこも行かないから。ただね、この体勢だとちょっと腰がキツイから、雪夜、もうちょっとそっち寄れる?」  ベッドの端に腰かけて抱きしめていたので、体勢的に長時間はキツイ。  雪夜に少し移動してもらって夏樹もベッドに上がった。  特別室のベッドだけあって、普通の病室のベッドよりも広い。 「ん、ありがと。っていうか、雪夜起き上がって大丈夫?身体痛いんじゃないの?」 「……ん~ん、なつきさんがいい」  返答になってないんですが……可愛いからいいか。 「んん゛……わかった、じゃあ一緒に横になろうか。たぶん、今は痛み止めが効いてるからわからないだけだよ」 「やだ」 「やだじゃありません!ギュッてしてあげるからおいで」 「……ずっと?」 「うん、ずっと。寝てる間もちゃんと傍にいるよ」  夏樹が横になって布団をポンポンと叩いて呼ぶと、ようやく納得して雪夜も横になった。  雪夜は眠りたくないとぐずっていたが、結局夏樹が抱きしめて軽くトントンするとすぐにまた眠りについた―― *** 「……今のところ大丈夫そうだな」  夏樹にしがみついて寝息を立てている雪夜を覗き込んで安心したように斎が呟いた。 「お前、いつもなのか?」 「え?あ~……まぁ、だいたいあんな感じですけど……?」 「ふ~ん……随分ぬるいんだな」 「へ?」 「俺だったら喋る余裕なんて与えないけどな」 「あ~わかる~。僕もそれ思ったぁ~。喋れば喋る程パニックになっちゃうんだから、あんなに喋らせる前に普通は口塞いでるよね~」 「ぅぐ……。い、いつもは……してますけどっ!!兄さんらがいるのにできるわけないでしょ!?」 「なに、お前そんなの気にするタイプだっけ?」 「気にしませんけど、場合によっては気にしますっ!」 「ははは、まぁ、雪ちゃんにはお前のやり方が合ってるんだろうし、別にいいけどな」  拗ねている夏樹を見て斎と裕也が愉しそうに笑った。 ***  夏樹が雪夜を宥めている間、斎と裕也はすぐ隣で椅子に座って雪夜の記憶についていろいろと情報を整理してくれていた。  つまり、雪夜とのやり取りは二人に見られていたわけで……  別に兄さんらの前だろうと、キスくらいなら気にはしないし、兄さんらもそれをいちいち冷やかようなことはしないのはわかっている。  雪夜も今みたいに不安定になってる時なら夏樹しか見えてないので周りを気にすることはない。  ただ、キスで蕩けている雪夜の顔を他のやつに見せたくないからしなかっただけだ。 「んじゃ、俺ら一回帰るわ。たぶん、お前はすぐに退院できるだろ。雪ちゃんはどうかわからないけど……とりあえず、お前らの服とか準備してまたすぐに来るから」 「はい、お願いします」 「あと、一応病院だから、キス以上はやめとけよ?」 「わかってますよっ!っていうか、キスもしてないしっ!」 「はは、それじゃ、またな」 「はいはい!」  夏樹は斎たちの背中を見送って長い長いため息をつくと、腕の中の雪夜を見た。  安心しきった寝顔に、ほっと安堵して口元が綻んだ。    早く元気になって一緒に家に帰ろうね――…… ***

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