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夜明けの星 2-23(雪夜)
「お世話になりましたー!」
「無理しないで、もうちょっといてもいいのに~!」
「具合悪くなったらすぐに来てね?」
「次の通院日忘れちゃダメよ?」
「はい!」
雪夜は看護師たちから全力で惜しまれながら病院を後にした。
「スゴイお見送りだったなぁ~」
車で迎えに来てくれた斎が苦笑した。
雪夜たちが入院していた病棟以外の看護師たちも道すがら声をかけてくれたので、かなり賑やかな退院だった。
「あれは、兄さんたちのせいでもありますよ?」
夏樹がうんざりした顔で、運転席の斎を見た。
「あ?何で?」
「看護師が、特別室の患者のお見舞いに来るのはみんなイケメンだ~って騒いでましたから。どうせお見舞いに来る度にナースステーションで愛想振りまいてたんでしょ?」
「いや、それはまぁ。お前らが世話になってるんだから、ちゃんと挨拶しておかないとな。っつーか、俺らよりもお前らだろ。お前らのイチャイチャを見たくて、誰が特別室の様子を見に行くかナースステーションでしょっちゅう争ってたぞ?」
「マジですか……通りで部屋に来る看護師がみんな目が血走ってたわけだ……。早めに退院しして正解だったな――……」
***
雪夜はあの高さから落ちたにしては身体的な負傷はほぼ無かったらしい。
骨なのか筋肉なのかよくわからないけれど、まだ息をする度に身体が軋むので、大きな声は出せない。
真冬の海の寒さと落ちたショックから数日間高熱で寝込んだ。
それでも、落ちた時の体勢や場合によっては内臓や骨を損傷していた可能性もあったのだから、それくらいですんだのは奇跡だと言われた。
雪夜は目が覚めてからはまたしばらく不安定になっていたらしく、先に退院したはずの夏樹が結局ずっと付きっきりで看病してくれていたらしい。
子どもの頃はしょっちゅう入院していたので、病院は慣れている。
それなのに、病院自体に何となく違和感というか、漠然とした不安感を感じてしまって、事 あるごとに自分の中にある入院の記憶がチラチラと頭を過 っては、激しい頭痛と吐き気に襲われて夏樹に抱きしめてもらっていた。
特別室は豪華な寝室という感じで、全然病室という感じがしなかったから戸惑っていたのかもしれない。
夜になるとやっぱり暗いのはダメで、特別に灯りをつけたままにしてもらい、夏樹に添い寝をしてもらってようやく眠れていたらしい。
斎が言うイチャイチャは、たぶんこのことを言っているのだろう。
朝の検温で部屋に来る看護師さんが毎回違うかった気がする……
子どもの頃に入院していた時は、ほとんどひとりでベッドに横になって天井を見ていた記憶しかない。
子どもの頃はそれでも大丈夫だった。……と思う。
なのに、今は……
病室にひとりになると途端に強烈な恐怖心と孤独感が押し寄せてきてパニックになってしまう。
そんな雪夜のために、夏樹が用事でどうしても出かけなければならない時は交代で常に斎たちが傍にいてくれた。
夏樹がいなくて不安定になりそうな雪夜を斎たちが優しくあやしてくれたのだが、何となく雰囲気とかあやし方が夏樹と似ているせいか、意外と落ち着くことができた。
もちろん本物の夏樹さんではないので完全に安心できたわけじゃないし、お兄さんたちに迷惑かけないように、自分でも頑張って感情をコントロールして落ち着こうとしていたのだけれども……
それを見た夏樹が「雪夜が兄さんたちでも落ち着けるのは良かったけど、ぅ~ん……何だか複雑……俺じゃなくても大丈夫なのかぁ~……」と若干へこんでいたらしい。
夏樹さんじゃなきゃダメですよっ!
***
雪夜が入院している間に、クリスマスも過ぎ、年末年始も過ぎた。
まだ無理は出来ず療養が必要とのことだったが、普通に食事も出来るようになって、少しずつ自分でも歩けるようになってきたので、後は家で療養することになった。
というか、病院だとしょっちゅう看護師が様子を見に来るので落ち着かないからと、夏樹が多少無理を言って自宅療養にして貰ったのだ。
自宅療養だと夏樹の負担が増えるのでは?と心配したのだが、「病院にいても家にいてもずっと一緒にいるのは同じだし、それなら家の方が何かと都合がいい」らしい。
「雪ちゃん、身体大丈夫?どこか苦しくなったらすぐに言ってね、車停めるから」
斎がバックミラー越しに雪夜を見た。
「あ、はい。大丈夫です」
本当は、まだ長時間座っているのは辛い。
でも、夏樹さんの家は病院から車だとそんなに離れていないし……
後ちょっとだから頑張ろう!
「雪夜、もたれてていいよ?もうちょっとかかるから」
隣に座っている夏樹が雪夜の肩を抱き寄せて、もたれさせてくれた。
「……え?お家に帰るんじゃないんですか?」
「うん、家に帰るつもりだったんだけどね。兄さんたちもいろいろと手伝ってくれるみたいだから、だったら部屋が多いところの方がいいし、静かな場所の方が療養にもいいかなってことで、前に行った詩織さんの別荘に行こうかなって」
「……ぁ、え?べっ……ぇえ!?……っケホッ」
驚いて大きな声を出した雪夜は、胸の痛みに思わず小さく呻いて咳き込んだ。
「落ち着いて。そんなに驚かなくても……他のところがいい?」
「っ……いえ……そういうことじゃなくて……あの、前に行ったところで、全然、大丈夫です」
「そう?良かった」
夏樹が雪夜の背中をそっと撫でながら微笑んだ。
全然大丈夫……じゃないですっ!!
あの別荘って……前に行ったってあの……あの……星空を見た時の……
星空見ながら夏樹さんにめちゃくちゃに抱いてもらったところですよねぇええええ!?
やだぁああ!!そんなの絶対思い出しちゃうじゃないですかぁああああああ!!!
むぅううううううりぃいいいいいいっっっ!!!!!!!!
雪夜は軽く咳き込みながら、心の中で思いっきり叫んだ。
あぁ、どうしよう――……
***
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