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夜明けの星 2-24(夏樹)

「雪ちゃん、眠ったか?」  夏樹がリビングに入ると、携帯を弄っていた斎が顔を上げた。 「はい、さすがに疲れたみたいです」 「病院からだと距離あったし、山道だったしな」 「仕事の方、大丈夫ですか?」 「ん?あぁ、大丈夫だ。今のところ緊急を要する案件はないからな」 「すみません、斎さんにもいろいろと無理言って」 「構わねぇよ。今回の件は俺も関わってるし。事前に爆弾魔(カメレオンボム)の情報を掴めなかったのはこっちの責任だからな」 「兄さんらのせいじゃないですよ。参加者が誰に恨まれてるかだなんて全て把握するのは無理があるでしょ。あ、何か入れましょうか?」 「ん~、じゃあ珈琲」  キッチンに行くと、数日分の食材が届いていた。  事前に連絡をしておけば、この別荘の管理人がちゃんと頼んだ物を用意してくれるのだ。  いくつかある詩織の別荘の中でもここが一番使い勝手がいいので、兄さん連中もしょっちゅう使っているらしい。  夏樹がここを選んだのは、それ以外にも理由があった。    ここに連れてくれば、雪夜はたぶん前に来た時のことを嫌でも思い出す。  あの時のことを思い出していれば、他のことを考える余裕なんてなくなるだろ―― ***  病院で雪夜が目を覚ましたことにホッとしたのも束の間、意識が戻ってからの方が大変だった。  雪夜を早めに退院させることについて、担当医師からはだいぶ渋られた。  いくらほぼ無傷とは言え、雪夜は元々身体が弱いし、何より……精神状態の方を心配された。  それくらい、病院での雪夜は不安定だった。  医師には軽く雪夜の過去とトラウマについて説明しておいたが、全てを話すわけにはいかないので、どうしても曖昧な部分が出て来る。  そもそも夏樹たちもまだ全容を把握できているわけではないので、説明しようもないのだが……  原因がわからない以上、医師としては雪夜の状態を心配するのは当たり前だ。  だが、夏樹には病院にいることが雪夜の為になるとは思えなかった。  雪夜は子どもの頃よく入院していたから病院には慣れていると言っていたが、その割には病院に対して異常な程に怯えて怖がっていた。  特別室は一般の病室と比べるとあまり病室という感じがしなかったのでまだマシだったが、部屋から出て他の病室の前を通っただけでも顔が強張っていた。  病院内で起きた発作のほとんどが、病室にひとりになった時、医師の姿を見た時、検査などで夏樹から離れて医師や看護師たちに囲まれた時……  激しい頭痛と吐き気に襲われて泣き喚きながら夏樹の名前を呼び、医師が精神安定剤を注射しようとすると余計にパニックになって大騒ぎだった。  結局、夏樹が抱きしめて宥めるのが一番早く落ち着くので、雪夜の精神的にも身体的にも薬を投与するよりいいだろうということになって、検査等でも安定剤代わりに夏樹が常に付きそうという特別措置が取られた。  一見大変そうだが、夏樹にしてみれば雪夜に付きっきりになるのは慣れているし、医者公認で雪夜とイチャイチャ出来ることになったので、ある意味役得だったと言える。  とは言え……  病院に対してのトラウマが酷すぎる。  医師が心配するのはわかるが、あんな状態じゃ病院にいる方が身体に悪い。  それに、病院のトラウマから過去のことを思い出してしまう可能性もある。  ということで、斎も一緒に医師を説得してくれて、何とか退院にこじつけたのだ。  不安定になった時の状態を見慣れている夏樹でも、今回のあの様子にはさすがに驚いた。  裕也の情報によると、その原因は明らかに幼少期の入院によるものだろうと思われたが、普通の入院であんなになるだろうか……  裕也もそこは気になったらしく、もっと情報を集めてくると言ってくれた。  裕也自身もこんなに情報収集に手こずるとは予想外だったようで、情報収集のプロとしてプライドが許さないのか、今は他の案件を全てストップして雪夜の情報収集に没頭しているらしい。  そういえば……雪夜が通っている心療内科の医師は、雪夜の対応をするときは白衣を脱いで、なぜか医師の待機部屋の方に呼んでいたっけ……  ってわかっているから、あまり病院らしくない場所で対応してたのか?―― *** 「……い、おい!ナツ!大丈夫か?」 「え?あっ、すみません、珈琲でしたね」  気がつくと、斎が目の前で手を振っていた。 「あぁ、それはもう自分で入れたからいいよ。お前はちょっと休んで来い」 「俺は大丈夫ですよ」 「だいじょばないから言ってんだよ!子どもの頃に病院で何があったのかなんてお前がいくら考えてもどうしようもない。今は雪ちゃんがちゃんとここで安静に養生出来るかどうかが問題なんだよ。お前が倒れたら元も子もないんだから、休める時に休んでおけ」 「ふぁ~い……」 「何か文句あるか?」 「ないですっ!」  夏樹は斎に言われた通り二階に上がると、眠っている雪夜の隣に潜り込んだ。  斎さんの言うことはもっともで、俺がここでいくら考えたって、雪夜に何があったのかなんてわかるわけがないんだ……  とりあえず、しばらくはここで雪夜の様子を見て、精神的に安定してきたら家に連れて帰ろう――……  そんなことを考えているうちに、夏樹も深い眠りに落ちていた。   ***

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