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夜明けの星 2-28(夏樹)
「あのね、昔プールかどこかで溺れたことがあって、その時に助けてくれた人なんです」
「へぇ~……ん?初恋の人って名前知らないんだよね?」
「はい!その時しか会ったことないと思います!」
別荘に戻って温かいココアを飲みながら、雪夜が嬉しそうに話した。
裕也さんの情報にあった、小学生の頃にプールで溺れたってやつのことか。
まさかその時に助けてくれた人が初恋の相手だったとは……
でも、たった一回、しかも一瞬会っただけの相手が初恋?
いわゆる一目惚れってやつか?
雪夜の話だと、どうやらその後も溺れた時の夢を見る度にその人が助けてくれたらしい。
そりゃ、実際に助けてくれたのだから、夢の中でも助けてくれるのはその人なんだろうけど……
繰り返し夢の中で助けてくれたせいで『繰り返し夢に見る=恋をしている』と錯覚している可能性はある。
いや絶対そうだろう!?
あぁ、斎さんが前に言っていたのもこういうことか?
雪夜にとって前に溺れた時の記憶 の救いがその助けてくれた人だったと。
あれ?でもその後、溺れた時の記憶は上書きされてるんじゃないのか?
もしかして、海で溺れたせいで、その部分だけ思い出した?
「雪夜、海で思い出したって言ってたのもそのこと?」
「……え、海?」
雪夜がキョトンとした顔をする。
しまった!海で思い出したのは別のことなのか!?
余計なこと聞いちゃったか……
「あぁ、いや。何でもない。そっか、で、そいつが俺に似てたんだ?」
慌てて話を戻した。
「あ、はい!夏樹さんと会ってからはあんまりその夢見なくなってたから、忘れちゃってたのかもしれないですけど、夏樹さんと初めて会った時に、その人に似てるって思って……」
「へぇ~?初恋の相手とナツが似てたんだ?」
それまで静かに聞いていた斎と隆が急に話しに入って来た。
「そうなんです!」
「っていうか、ナツとの出会いはどんなだったの?」
「えっと~……」
「あ、こらっ!隆さん!何聞いてるんですかっ!?今そんな話してないからっ!雪夜もそんなことにいちいち答えなくていいからね!?」
「何だよ~。別にいいじゃねぇか。なぁ?」
「えっと、俺は別にいいですけど……」
雪夜がチラッと夏樹を見上げて来る。
「ぅ~……わかった、いいよ」
夏樹は苦虫を嚙み潰したような顔で承諾した。
雪夜と出会ったことは後悔していない。
夏樹にとって、あの日のことは大切な思い出だ。
ただ、出会い方が……泥酔した夏樹が雪夜に拾われたっていう最悪の状態だったので、兄さん連中にはあまり知られたくない……かっこ悪すぎる俺……っ!!
まぁ、今更だし、いいけどさ……
***
「どうやら、初恋の相手以外のことは思い出してないみたいだな。船から落ちた前後の記憶は曖昧になってるみたいだから単に忘れてるだけかもしれないけど、今回のは海で思い出したのとはまた別口かもな」
隆が雪夜から夏樹との出会いについて聞き出しているのを横目に、斎が小声で話しかけてきた。
そこでようやく、斎の差し金で隆が乱入してきたのだと気付いた。
さっき夏樹が口を滑らせてしまったので雪夜の気持ちを逸らせるためにしてくれたのだろう。
「そうですね、とりあえずは一安心……ですかね。まぁ、初恋の相手のことも別に思い出さなくてもよかったんですけどね!?だいたい、初恋って言っても、夢の中でも助けてもらったのを勝手に恋と勘違いしてるのかもしれないし……」
夏樹が若干拗ねていると、斎がまじまじと夏樹の顔を覗き込んできた。
「ん?あぁ、なに、お前気づいてないの?」
「……え?」
「いや、ふ~ん……?まぁそうだな。勘違いかもしれないよな。しょっちゅう夢に出てきたら運命の人かもって思いこんじゃうこともあるかもしれないし?だから、それを初恋だったって錯覚することはあるかもな」
「運命っ……!?だって、ほんの一瞬しか会ってないのに……!?」
「一目惚れってそういうもんじゃねぇの?」
「そう……かもしれないですけど……」
すみません、俺一目惚れとかしたことないからわかりませんっ!!
でも、だとしたら……
そもそも俺はそいつに似てるから雪夜の目に止まったんだし……雪夜にとってはそいつの方がそれだけ気になる存在ってこと……?
ええ~……じゃぁ何?そいつがもし今雪夜の前に現れたら俺フラれるってこと!?
いやいや、嘘だろっ!?
一目惚れってそんな強いの!?
くそっ!雪夜が過去の記憶を思い出したわけじゃないのは良かったけど……素直に喜べないっ!!
どうせなら初恋の相手のこともずっと思い出さないで欲しかったっ!!
頭を抱えて疼くまる夏樹を、斎がさも愉快そうに見下ろしていた。
***
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