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夜明けの星 2-29(雪夜)
――時々……夢に見る
眩しい太陽
光を反射する水面
キラキラしてキレイで……
次に見えるのは水の中から見上げた空の蒼
息を呑む程の光景に目を奪われて
苦しくて
怖くて
何も見えなくなった――
誰かの呼ぶ声が聞こえて
温かくて優しい声に誘われて目を開けると
目の前でその人が笑ってくれて
その笑顔を見ると安心する
あれが俺の――……
***
別荘に来てから数日経ったある日。
夏樹に誘われて、池の周りを散歩することになった。
本当は池に近付くのは少し怖かった。
でも、夏樹さんたちが一緒にいるからきっと大丈夫……大丈夫っ!
いくら自分に言い聞かせても身体は正直で、池に近付くにつれ膝が震えてしまい思わず夏樹の腕にしがみついていた。
しかし、入院のせいで体力が落ちている雪夜は普段からしょっちゅう転びかけて夏樹に助けられていたので、しがみついていても夏樹はあまり気にする様子はなかった。
良かった、気付かれてない……よね?
水を怖がってるってバレたら、夏樹さんが気にしちゃうかもしれないから……
船から落ちた直後のことは溺れたショックで曖昧になっているけれど、夏樹さんは近づくなって言っていたのに、俺が手すりに近づいちゃったせいであんなことになったんだってことは覚えてる。
完全なる俺の自業自得。
だけど、きっと、夏樹さんは自分を責めてる。
だって、あれ以来……
夜中に目を覚ますと、泣きそうな顔で雪夜を見つめている夏樹と目が合う。
すぐに微笑んで「大丈夫だよ」と抱きしめてくれるけれど、その一瞬の表情に胸が締め付けられる。
雪夜に触れる時も壊れ物に触れるようにそっと優しく触れて来る。
どうしよう……俺が夏樹さんの言うこと聞かなかったせいで、夏樹さんにあんな顔させちゃって……
それに、また俺が不安定になってるせいで仕事休ませちゃってるし……いくら浩二さんの会社だって言っても、こんなに休んじゃって本当に大丈夫なのかな……
俺が寝ている横で疲れた顔で遠くの方を見つめていることもあった。
そりゃずっと看病してくれてたんだから、夏樹さん疲れてるよね……
夏樹さんだけじゃない。お兄さんたちだって……病院にいる時からずっと誰かが傍にいてくれた。
きっと、あの船に雪夜を連れて行った責任を感じてのことだと思う。
病院の入院費とかは、パーティーの主催者のマダムさんが出してくれたと聞いた。
俺の不注意のせいで、いろんな人に迷惑かけて……
全部俺が悪いのに……
みんな優しいから俺を責めないけど……落ちたのは俺のせいなんだよ!?
しかも俺、大切なもの失 くしちゃったし……最悪だ……――
雪夜がマイナス思考になっていると夏樹にはすぐにバレてしまうのだが、今日は斎と隆が一緒に散歩してくれているおかげで、雪夜が黙りがちになっていても夏樹に変に思われることがなかった。
***
あ~ダメダメっ!何考えてるのかわからなくなってきた!気持ちを切り替えよう!
すぐにマイナス思考になるのは俺の悪いクセだ!
でも、退院後も不安定になってる時間の方が長くて、その間の記憶は曖昧だから自分がどれほどみんなに迷惑をかけているのかわからない。
せめて、正気な時くらいはちゃんと考えないと……
考えない……と?
その時、顔を上げて陽の光を反射する水面を見ていた雪夜の頭に、ふと、ある光景が浮かんだ。
あ……れ?そうだ……こういう水面 ……俺どこかで見たことある……
う~ん……どこだっけ……
記憶を辿りながら上を見上げると、真っ青な空が見えた。
そう、こんな蒼い空を俺は水の中から見てて……
水?なんで水の中から……
水の中……苦しくて……息ができなくて……怖くて……
でも、誰かに呼ばれて目を開けたら……
目を……開けたら……
雪夜は隣の夏樹を見た。
あぁ、そうだ……
「思い出した……」
「え?ごめん、今何か言った?」
「思い出しました!夏樹さん!俺の初恋の人のこと!」
俺の初恋。
何で忘れてたんだろう!?
あんなに夢で見てたのに……
だから俺、夏樹さんに初めて会った時、あ、あの人に似てる!!って思ったんだ。
たしか以前にも溺れたことがあって、その時に助けてくれた人だ。
でも、その人に会ったのは後にも先にもその時だけだったはず……
あれ?じゃあ、初恋っていうのとは違うのかなぁ……?
繰り返し夢に見るあの人の顔は……声は……凄く優しくて温かくて安心できた。
溺れた夢を見ても絶対あの人が助けてくれるってわかってるから怖くなくなって……
あの時助けてくれたから、あの人が俺の中でヒーローみたいになってたのかな?
憧れみたいなものを好きだと勘違いしてた?
そうかもしれない……
だって、俺……夏樹さんに会うまでちゃんと人を好きになるって気持ちを知らなかったし……
そういえば、あれは一体何歳の頃の記憶だったんだろう?
初恋の人の顔は思い出せたけど、その周辺の記憶はやっぱりぼやけてて……自分が何歳だったのか、どこのプールだったのか、何をしていたのか……何も思い出せない……どうして?
せっかく初恋の人を思い出せたのに、何だかまだ真っ白な霧の中にいるような気がして、いまいちスッキリしない気持ちだけが残ってしまった――
***
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