271 / 715

夜明けの星 2-43(夏樹)

「あ、そうだ。ナツ、盛り上がってるところ水差して悪いけど、お前しばらく雪ちゃんにキスすんの禁止だからな?」  夏樹が上機嫌で雪夜から貰ったバレンタインのカップケーキを食べていると、後ろで爆笑していた斎がサラッと言い放った。 「はあっ!?なんでっ!?……っすか!!」  せっかく、もうキスしても大丈夫だってわかったところなのにっ!? 「なんでって……ほら、やっぱりあいつ気づいてねぇだろ?」  斎が呆れ顔で夏樹を見た後、隆と顔を見合わせてやれやれと肩をすくめた。 「まぁ、人のことは言えねぇけどな。イッキも自分のことには無頓着だから」 「ちょっと、え?何!?何の話をしてるんですかっ!?」 「ナツ、お前体温測ってみろ」 「……え?体温?」 「はい、ナツ君」  菜穂子に渡された体温計で測ってみると…… 「え~と、37.9度ですね~。うん、立派なお熱です」 「はっ!?え、待って、なお(ねえ)、もう一回!!」 「何回測っても、これだけ高けりゃさすがに平熱まで下がることはないと思うよ~?諦めて認めなさいな」 「え……夏樹さん……お熱あったんですか……?」  話の展開についていけず夏樹と斎たちを交互に見ていた雪夜が、茫然と呟く。 「ご……ごめんなさい、俺……全然気づかなくて……」  あ~雪夜、そんなショック受けなくても大丈夫!俺も気づいてなかったからっ!!  って、何も大丈夫じゃないぃいいい!! 「いや、熱っていっても……そんな高くないし……」 「お前にとっちゃそんなに高くなくても、雪ちゃんにうつすとダメだから、キスは禁止~」  禁止って言われても……もうしちゃったしっ!?まだ軽くしかしてないけど…… 「だいたいな、今朝だって薬飲ませるためにお前から雪ちゃんを引きはがしたけど、お前全然起きなかっただろ?ちょっと物音がしただけでも目を覚ますお前が起きなかったってことはそれだけ体調悪いってことなんだよ。違うか?」  斎が言うように、たしかに夏樹は眠りが浅い。  それは昔からだが、雪夜と同棲してからは、雪夜が夜中うなされるので特に音には敏感になっている。  斎たちが部屋に入って来た場合、起き上がりはしなくても一応気配で誰が入って来たのかわかる。普段はわかっていて寝たフリをしているのだが、今朝は寝たフリじゃなくて本当に気がついていなかった。  部屋に入って来たことに気がつかないだけならいいけど、雪夜を連れていかれたことにも全然気がつかなかったのは……大問題だ。  (斎だったから良かったものの、それが別の誰かだったらと考えるとゾッとする……っ!)  雪夜にキスしたことも覚えてなかったし……  全て体調が悪かったせいだと言われれば、納得するしかない……けどぉおおお~~~!! 「まぁ、風邪っていうよりは疲れからの発熱って感じだろうから、うつす可能性は少ないだろうけど……早くイチャイチャしたかったら今日一日大人しく寝てろ」 「ええ~~~~……」 「そもそもお前忘れてるみたいだけど、療養が必要なのは雪ちゃんだけじゃなくてお前もだからな?」 「ぅ……」  そうなのだ……雪夜を助ける時に無茶をしたせいで倒れた後、目が覚めた夏樹はすぐに退院したけれど、本当は夏樹もまだあまり無理はしないようにと言われていたわけで……  それなのに、入院中の雪夜はずっと不安定だったので、いつ過去を思い出してしまうかと気が気じゃなかったせいで夏樹はほとんど眠れていなかった。  退院後も兄さん連中がずっと一緒にいてくれるのは、夏樹がちゃんと療養できるようにとの配慮からだった。  でも、雪夜と一緒にしばらく大人しく療養してたからもう体調は全然大丈夫だし…… 「俺はもう元気だもん……」 「元気だったらこれくらいで熱出してんじゃねぇよ」 「~~~~……!」  斎の言うことがいちいち正論でぐうの音も出ない…… 「休めっつーのに雪ちゃんが寝てる間ずっと仕事してたから、お前結局ちゃんと寝てねぇだろ?」 「はぁ~ホントになっちゃんはバカだねぇ~」 「俺らが何のために来てると思ってんだか……」 「夏樹く~ん?ごちゃごちゃ文句言ってないでお兄さんたちの言うことはちゃんと聞こうね~。ほら、お返事は?」  (あきら)が笑顔で指の関節をバキバキ鳴らしながら握り拳を作った。  待って晃さん!!その拳をどうするつもり!?  今でこそ店が忙しくてあまり荒事には顔を出さない晃だが、昔は斎たちと一緒にやんちゃしていた人なので、もちろん強い。 「ぅ゛~~~……ヴぁああい゛……」  夏樹は唸りながら勢いよくテーブルに額をゴンとぶつけて突っ伏すと、ため息交じりに返事をした。 「ぶはっ!デスボイスで返事すんじゃねぇよ」  隆が吹き出した。 「さ、あんなバカ放っておいて雪ちゃんはこっちにおいで~」 「あの、俺……俺、夏樹さんが具合悪いの気付かなくて……顔にぐしゃって……っ」  裕也が、おろおろしている雪夜の手を引いて自分たちの輪に入れた。 「あぁ、そりゃ気づかないと思うよ。本人が気づいてねぇんだし。それに雪ちゃんは今体温が高めだしね。だから気にしなくていいんだよ~」 「そうだよ~、雪ちゃんは何も悪くないからね~。なっちゃんがいい年齢(とし)して自己管理できてないだけだからね~」 「ちょっとっ!!兄さんたちひどいいいい!!病人にはもっと優しくしてくださいよぉおおお!!」 「病人はさっさと部屋で寝て来い!!」 「ふぇぇ~~い」  兄さん連中にぼろクソに言われた夏樹は、雪夜を兄さん連中に任せてベッドに入りヤケクソ気味に不貞寝(ふてね)をした。  もう俺のバカ……何やってんの……せっかくのバレンタインんんん~~~~……っ!!  ショックからその後更に熱が上がった夏樹は、なんとか気合で一晩で熱を下げたものの、実は夏樹も療養が必要だったことを知った雪夜が自分のせいで休めなかったのだとしょげてしまい、しばらく夏樹に近付いてくれなくなったので、結局雪夜とのイチャイチャはまたしばらくお預けになったのだった……  別荘で療養してる間はは考えずに大人しくしとけってことですか……はぁ~~…… ***

ともだちにシェアしよう!