273 / 715
夜明けの星 2-45(雪夜)
「ただいまでーす!」
「雪夜、先にシャワー浴びに行くよ」
「え、斎さんたちに挨拶してな……」
「今ので聞こえてるよ。埃と花粉まみれだから先にお風呂!」
「え、でもお茶飲みた……」
「お茶ならあるから。おいで」
「ふぇぇ~~」
帰宅してリビングに入ろうとした雪夜はそのまま夏樹に浴室に連れて行かれてしまった。
いつもハイキングから帰ってきたらシャワーを浴びてるけど、お茶を飲んで一息ついてからなんだけどなぁ~……
***
「雪夜、先に出て髪乾かしてて。あ、服はベッドの上に出してあるからね」
「はーい」
お風呂は夏樹さんと一緒に入っている。
溺れたせいか、あれから水がちょっと怖い。
平気な顔で入っているけれど、本当は足が水に浸かると一瞬心臓がキュッとなる……それは誰にも……夏樹さんにも言っていないし、気付かれてもいない……と思う。
でも、夏樹さんは同棲を始めた時から一緒にお風呂に入ってくれていたせいか、ここでも当たり前のように一緒に入ってくれる。
夏樹さんと入るのはめちゃくちゃ恥ずかしいけど、一人で入るのはやっぱり怖いから……ほっとしている気持ちの方が大きい……とは言え、裸ですよ裸っ!
直視なんてできるわけがないっ!!……ので、入っている間はほぼ目を瞑ったり逸らしたりしている。
もうね、怖くてドキドキしてるのか恥ずかしくてドキドキしてるのか自分でもわからないですっ!
「こら、まだ髪濡れてるじゃないか」
お茶を飲みながらぼ~っとしていると、後から出て来た夏樹がタオルを頭に被せてきた。
「わっ……これから乾かそうと思ってたんですよぉ~」
「はいはい、暖かいって言っても早く乾かさないと風邪ひくよ。おいで」
「は~い」
雪夜が夏樹の前に座ると、ドライヤーのスイッチを入れかけた夏樹が手を止めて雪夜の頭にポンと手を乗せた。
「雪夜?……さては確信犯だな?」
「え?そそそんなことはないですよ!?」
自分で乾かすのが面倒だから夏樹さんに乾かして貰おうとしていたなんて……そそそそんなこと……なぜバレたんだっ!?
「まったく……別にいいけど、せめてタオルドライくらいはしててほしいなぁ~。服がびしょびしょじゃないか」
ふっと笑ってそう言うと、タオルで髪をわしゃわしゃと拭いてくれた。
「へへ、ごめんなさぁ~い……ところで、夏樹さん?」
「なぁに?」
「この服、なんですか?」
雪夜は夏樹に自分が来ている服をつまんで見せた。
髪を乾かす前に夏樹が用意してくれていた服に着替えたものの……
「なんですかとは?」
「なんだか……やけに気合入ってません?」
「そう?」
「っていうか、こんな服持ってましたっけ……?」
「持ってなかったよ。新しく買った」
「え!?なんで!?」
「ん~?春だし?」
「いや、もう服はいっぱいありますよ!?」
「春物はなかったでしょ?」
「冬物でちょっと薄めのやつ着れば……」
「冬物は冬物、春物は春物だよ」
「ええ~~……?」
雪夜は隣人トラブルで服が全滅したけれど、佐々木達から古着を貰ったり、夏樹が買ってくれたりで夏物冬物の衣服が気がつけば増えていた。
雪夜は元々あまり物を買わないタイプなので、たぶんもう自分が持っていた服の量を超えているはずだ。
夏樹さんにしばらく俺の服買わないように言っておかなくちゃ……
***
「――もうそろそろいいかな……」
手早く自分の支度を整えた夏樹が時計を見て呟いた。
「え?」
「さてと、行こうか」
「どこに?」
「下にだよ。お昼ご飯食べるんでしょ?」
「はっ!そうだった!ご飯~~!」
思い出した途端、お腹が鳴った。
「はは、お腹は正直だなぁ~」
「ぅ~~……だって、運動したから!」
「そうだね。よし、行こう」
夏樹に促されて軽い足取りでリビングの扉を開けた雪夜は、中を見た瞬間固まって、思わずそっと扉を閉じた。
「ぅおおおいっ!!閉じんなよっ!!こっちおいでぇ~!!」
「雪ちゃあああん!?入っておいでぇええ!?」
中からどっと笑い声があがって、一斉にツッコむ声が聞こえた。
「ちょ……ははっ……っ雪夜、中に入らないと。みんな待ってるよ」
何が起きているのかわからない雪夜は目をぱちくりしながら、後ろで腹を抱えて笑っている夏樹を見上げた。
「……え?あの……な、なんか……いっぱい……」
「うん、とりあえず入ろうか」
「え、待って……でも俺……」
「はいはい、入りまーす」
「ちょ、夏樹さん!?」
夏樹に背中を押されてリビングに入った雪夜の目に飛び込んで来たのは、色とりどりのバルーンやキラキラ、ヒラヒラしたキレイなリボンで飾りつけされたリビングと……
『Happy Birthday 雪ちゃん♡』と書かれたボードと……
お兄さんたち、らいぞーパパ、しおりパパ、あいちゃんママ、それに佐々木と相川……
「あの……え?なんで……」
「「「雪ちゃん、ハッピーバースデー!!」」」
茫然と立ち尽くす雪夜を、みんなが口々におめでとうと言いながら、どこから出したのかハート型の紙吹雪とともに迎えてくれた。
「あ……ありがとうございます……えっと、な、夏樹さん……ちょっとっ!」
雪夜は頬を引きつらせるような曖昧な笑みを浮かべてみんなにお礼を言いつつ、困惑しながら夏樹を部屋の隅に引っ張っていって小さい声で訴えた。
「あの、あの……俺の誕生日……もうだいぶ前に過ぎてるんですけどっ……!!」
***
ともだちにシェアしよう!