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夜明けの星 2-48(雪夜)
それからのことは、もう何だか夢みたいであっという間に楽しい時間が過ぎて行った。
昼から始まったパーティーは、夜まで続いた。
陽が沈みかけてからは、お兄さんたちは「夜桜でも見ながら飲むか」と言ってテラスで花見酒を愉しんでいた。
桜の花びらが舞う中、ただの飲んだくれの集まりなのにやけに絵になる面々に混じって、雪夜たちもお花見を愉しんだ。
雪夜たちは飲む代わりに、隆と斎が作ってくれた和洋折衷な料理の数々を思う存分食べて、会えなかった間のお互いのことをたくさん話した。
と言っても、雪夜が別荘に来てから、佐々木たちがここに来るのは初めてではない。
雪夜が別荘に来てから数回、二人揃って遊びに来てくれた。
夏樹が二人と連絡を取ってバイトのない日に別荘に連れて来てくれたのだ。
そのおかげで、佐々木たちもお兄さんたちと結構仲良くなっていた。
「二人とも、今日、泊っていけるの?」
「そのつもりだ。だから、ゆっくり話できるぞ」
「やったぁ~!」
――佐々木と相川と冗談を言い合って、みんなでケーキを食べて、お兄さんたちやパパさんたちにからかわれて、よしよしされて、あいちゃんママにすりすりされて……
久しぶりに大はしゃぎをした雪夜は、いつの間にか疲れて眠ってしまっていた――
***
「……ん……?」
雪夜が目を開けると、夏樹が隣で仕事をしていた。
難しい顔をしてノートパソコンを弄っていた夏樹が、雪夜に気付いて眼鏡を外しながら微笑んだ。
「どした?水飲む?」
「……ん~……あれ、みんなは?」
夏樹から水の入ったペットボトルを受け取りながらキョロキョロと見回す。
俺が寝ちゃったから夏樹さんがベッドに運んでくれたのか……
「兄さんたちはまだリビング で飲んでるよ。佐々木たちは部屋に行った。まだ起きてるとは思うけど……連絡してみる?」
「ぅ~~ん……ん?」
両手で顔をゴシゴシ擦っていた雪夜は何か目に異物が当たったことに気付いた。
「……あれ?…………なつきさん?」
「なぁに?」
「これ……」
「誕生日プレゼントだよ」
「え、でもこれ……俺……失くして……」
雪夜の指には、リングがはめられていた。
だけど、雪夜のリングは……
――病院で目を覚まして、しばらくしてからリングが失くなっていることに気付いた。
いつどこで失くしたのかわからないけれど、可能性としてはきっと海の底……
「うん、さすがに海に落ちたやつは見つけられないから、新しいの作った。ちょっとデザインが違うんだよ」
夏樹が嬉しそうに自分の手を見せてきた。
夏樹の指には雪夜の指にあるのと同じデザインのペアリングと、もう一つ……雪夜が失くしたリングのペアリングがあった……
「……あ、ほんとだ……でも、いいんですか?俺せっかく貰ったリング……失くしちゃったのに……」
「なぁ~に言ってるの、いいに決まってるでしょ?失くしたのは雪夜のせいじゃないんだし、雪夜があのリングを大切にしてくれてたことは知ってるからね」
「だって……だって、あれはっ……夏樹さんから貰ったから……っ嬉しかったから……それなのに……っ」
夏樹さんが……一周年記念にって……俺と出会えてよかったって言ってくれたから……あのリングは俺にとって特別で……一生大事にしようって思ってたのに……
「……ごめ……っなさっ……」
リングが失くなったことに気付いてから……本当はすぐに言わなきゃって思ってたけど、何て謝ればいいのかわからなくて……夏樹さんが何も言わないのを良いことにズルズルと先延ばしにしてしまっていた……
でも、夏樹さんが気づいていないはずもなくて……
***
「あ~ほら、目擦っちゃダメだよ」
雪夜が涙を堪えて潤んだ瞳を手で擦ろうとすると、夏樹に手首を掴まれて抱き寄せられた。
「謝らなくていいんだよ。たぶん、失くしたのは俺のせいだし。海が荒れてたから助ける時に外れちゃったんだと思うんだよね。だから、雪夜のせいじゃないんだよ」
「だけど……」
そもそも、俺が海に落ちたりしなければ……失くすこともなかった……
「雪夜、あのリングは雪夜を守ってくれたって思えばいいんだよ。ね?……それよりも、新しいリングも前のリングと同じくらい……それ以上に大事にしてもらえたら嬉しいんだけどな~?」
「も、もちろんですよっ!!今度は絶対に失くさないようにします!!」
「ふふ、うん、ありがとう」
それは俺が言う言葉で……って、俺まだお礼言ってなかったっ!?
「俺の方こそ……あの……本当にありがとうございます……」
「どういたしまして。でも雪夜?……お礼なら別のがいいな~」
「別のって?」
キョトンとする雪夜に少し苦笑しながら、夏樹は雪夜の手を取るとリングに口付けた。
「あ……えっと……」
キスしろってこと……かな?
「ん?」
夏樹が「わかった?」という表情 で軽く片眉をあげてにっこり笑った。
夏樹さんの言いたいことはわかったけど、そんなこと急に言われて、はい!って気軽にできるもんじゃないんですけどぉおお!?
「あ~~……あはは……はは……」
雪夜は曖昧に笑いながら、頬を引きつらせた――
***
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