277 / 715

夜明けの星 2-49(雪夜)

「ゆ~きや?」 「ぅ~~……あの、め、目閉じて下さい!」 「ん?目?あぁ、はい、どうぞ」  どうぞ、じゃないですよぉおおお!! 「ぅ゛~~……俺がいいって言うまで開けちゃダメですよ!?」 「ふふっ!は~い」  自分からするのは、まだ慣れない。  寝惚けてる時とか、何かの勢いでとか、そういう時じゃないと、自分からは……  だって、タイミングとか……手の位置……とか……か、角度とか……考え始めると余計に混乱してしまう!!  あ~もう!それにしても夏樹さん……目閉じてる顔もカッコいいな~……  目が合うと直視できないけど、夏樹さんが目を閉じてくれていれば安心して見ることができるから……このまま何時間でも眺めていられる!! 「もしも~し、まだ~?」 「ふぁっ!?あ、えっと、あの……まだっ!!あと1時間くらいっ!!」 「はーい……って、待って、1時間!?嘘でしょ!?そんなに待てませんっ!!5秒以内にしないと、他にも追加するからね。はい、ご~、よ~ん、さ~ん……」 「えええっ!?ちょ、待ってっ!」  他にもって何っ!? 「い~~~~~ち、ぜ~~~……うわっ!」  焦った雪夜は、急いで夏樹の顔をガシッと両手で挟んで、グイッと手前に引き落とすと、夏樹の軽く口付けた―― *** 「痛てて、ちょ、雪夜……首!首がもげちゃう……」 「あああ、ごめんなさいっ!首、大丈夫ですかっ!?」  慌てて手を離すと、夏樹が自分のうなじを手で押さえながら頭を左右に傾けた。 「はぁ~……今のはちょっとびっくりした」 「ごごごめんなさいっ……あの、湿布持ってきましょうか?」 「いや、大丈夫。びっくりしただけだから」 「すみません……」 「ぶはっ!……はははっ……」  雪夜がしょげていると、夏樹が吹きだした。 「……え?」 「あ~もう、ほんと雪夜って……笑わせてくれるよね」  いや、別に笑わせるつもりはなかったんですけど…… 「あのね、雪夜。引き寄せてするならこうしてくれる?」 「……え」  そう言うと、夏樹が雪夜のうなじから後頭部に手を当てて、もう片方の手を腰に当てて一気に引き寄せて口唇を重ねてきた。 「ね?これだと首痛くないでしょ?」 「っ……ぇ?あ、はい…………って、俺が夏樹さんの身体を引き寄せるとか無理ですよ!」  そもそも、手の大きさが違うし!! 「やってみなきゃわからないよ?」 「え?……ぅ~~んっ……夏樹さん力入れてます?」 「いや、全然入れてないよ?」 「うそだぁ~~~!!……う~~んっ!……はぁ~~……両手でも動かないのに片手でとか無理ぃ~っ!!」  夏樹の腰を両手で引き寄せようとしたけれど、一ミリも動かなかった。    力の差ぁああ!!  って、俺こんなに力弱かったっけ……?あぁ……腕の筋力も落ちてるのか…… 「はは、無理か~。じゃあ、雪夜の方から来るしかないよね」 「俺から?」 「ほら、きてごらん?」  言われるまま膝立ちになって夏樹に顔を寄せる。 「そうそう、で、腕は首に回して……抱きつきながら顔寄せて……」  そうか。夏樹さんからしてくれる時みたいに、抱きついちゃえばいいのか…… 「あ……なるほ……ど?」  ふと、夏樹と目が合った。  あれ?近っ!!  と思った瞬間、顔が一気に熱くなった。 「ふぇっ……」 「こ~ら、そこで余計なこと考えない!もぉ~……なんで寝惚けてる時は出来るのに素面(しらふ)だと出来ないかなぁ~……」  逃げようとする雪夜をホールドしたまま、夏樹がちょっと苦笑してため息を吐いた。 「ぅ……ごめんなさぃ……」 「……ん?……あぁ、いや、謝らなくていいよ。そんなところも好きだからね。それより……」 「あの、あの、夏樹さんとキスするのは……好きなんですよっ!?だけどっ……じ、自分からっていうのが……難しくて……だって俺あんまり経験ないし……夏樹さんみたいに上手に出来ないし……それに、夏樹さんはやっぱりカッコいいから……なかなか直視出来ないし……だからあの……」  夏樹の声は優しかったのに、一瞬突き放されたような気がして……雪夜は焦って言い訳を並べ立てていた。 「ふ~ん、なるほど、だから練習したいと?わかった、いくらでもどうぞ?」 「へ!?な、なにを?」 「ん?自分からキスしたことがないから出来ないんでしょ?それ、前からずっと言ってるよね。こうやってたまに雪夜からしてってお願いしてるけど、それでもまだ出来ないってことは、練習が足りないってことなんだから、もっと練習するしかないよね!俺は雪夜の練習台にならいつでも、いくらでも、喜んでなるよ~?」  え、俺そんなこと言ったっけ!?  あ~……うん、経験ないしとか言ったかも……墓穴うううう!!! 「あの……えっとそれは……」 「なぁに?目瞑ろうか?」 「え、今!?」 「今練習しないでどうするの?そりゃ、明日でも明後日でもいいけど。俺は毎日でも全然ウェルカムだよ?」  なんで夏樹さんそんなやる気……いや、される気満々なんですかぁああ!! 「あぅ~……」 「ふ、はっ!……くくっ……はははっ」 「ふぇ?」  夏樹が、慌てている雪夜を見てまた吹き出した。  なに!?いったいなんなの!?からかってるだけ!?  夏樹が愉しそうなのはいいのだけれど、こういう時は何を考えているのかわからなくて反応に困る…… *** 「――あ~面白かった。まぁ、それは一旦置いといて……雪夜、明日帰ろうか」 「面白かったってなん……え?どこに?」  ひとしきり笑った後、ついでのようにサラッと言い放った夏樹の言葉に一瞬理解が追い付かなかった。 「俺の家だよ。雪夜もだいぶ元気になってきたから、そろそろ帰っても大丈夫かな~って」  帰る……?夏樹さんの家に……? 「あ……はい」 「まだここにいたい?」 「え?いや、あの……そういうわけじゃないけど、ちょっとびっくりして……」  なんだか、まだ数か月なのにここでの暮らしにすっかり慣れてしまって、穏やかに過ぎていくこの日々がずっと続くような気がしていた……  でも、そうだよね……お兄さんたちだって、それぞれ仕事があるんだし、いつまでもここに来て貰うわけには行かないし、夏樹さんだって仕事があるし……俺だって…… 「俺の家に戻っても、しばらくは今と同じように在宅勤務にするし、兄さんたちもたまに来てくれるから。場所がここから俺の家に代わるだけだよ」 「え、あ……そうなんですね。……わかりました!」 「荷物はまとめてあるから、明日佐々木たちを送る時に一緒に帰ろうか」 「はい!」  笑いながら元気に答えたものの……  日常に戻る……?  早く元気になって普段の生活に戻りたいと思ってたのに、何でこんなに……不安なんだろう……? ***  こうして、長らくお世話になった別荘での暮らしは、唐突に終わりを告げたのだった。  バースデーパーティーは、雪夜の別荘暮らしの最後の日を祝う意味もあったらしい。  いろいろとサプライズが多すぎてもうなんだか気持ちが追い付かないよ…… ***

ともだちにシェアしよう!