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SS3【雪夜の悩み事(前篇)】
「はぁ……」
リハビリの休憩中、雪夜は水分補給をしながら大きなため息をついた。
「なにか悩み事ですか?」
学島が雪夜の頭に汗拭き用のタオルを被せて隣に座った。
「えっ!?な、なんで!?」
「雪夜くんはすぐに顔に出ますからね~。今日はリハビリも上の空でしたし」
「すみません……」
「いえいえ、誰だってそういう日はありますよ。……僕でよければ聞きますよ?」
学島はそう言って微笑むと、お茶を一口含んだ。
「あのね……夏樹さんってキス魔なんですよ……」
「ブフォーッ!!」
雪夜の呟きに、学島がお茶を盛大に噴き出した。
「えっ!?が、がく先生!?大丈夫ですかっ!?」
「ゲホッ……は、はい!……ゲホゲホッ!だ、大丈夫です。すみません、驚かせてしまって。ちょっと気管に入っただけですよ」
学島がアタフタしている雪夜の頭を撫でつつ苦笑いをした。
「それで……えっと、夏樹さんがキス魔だから悩んでるんですか?」
「あ、そうなんです!あのね……夏樹さんとちゅぅをするにはどうすればいいかな~って思って」
「え?……夏樹さんがキス魔ってことは、しょっちゅうキスしてるってことじゃないんですか?」
学島の頭の上にハテナマークが浮かんだ。
「それはそうなんですけど、いつも夏樹さんからなんですよ。だから……」
「あ~なるほど、雪夜くんからしたいんですね?」
「し、したいっていうか……いつもしてもらってばっかりだから、たまには俺からもって……でも、タイミングがよくわからなくて……」
今朝も……
***
「――おはよ~!雪夜、朝だよ~」
眠っていた雪夜は、今朝もいつものように夏樹のキスで目覚めた。
「ぅ~……おはようごじゃぃましゅ……」
「ふふっ、おはよ」
夏樹は寝ぼけている雪夜を抱き寄せて頭に軽く口付けると、少し身体を離して雪夜を覗き込んだ。
雪夜の顔にかかる髪を指で払いつつ頬を軽く撫でると、額や頬をくっつけてきて
「うん、熱はなさそうだね。よし、朝ご飯食べようか!」
と微笑み、軽く頬に口付けて雪夜を抱き上げリビングへと連れて行ってくれた。
「もうすぐできるから、先にオレンジジュース飲んでてね」
「ぁ~ぃ……」
オレンジジュースを飲んで徐々に覚醒してきた雪夜は「よ~し!今日こそは俺からもちゅぅするぞっ!」と心の中で気合を入れて虎視眈々と夏樹にキスする機会をうかがっていた。
……はずなのだが……
「はい雪夜、あ~ん!……美味しい?」
「ふぁいっ!おいひぃへふ!」
「はは、それは良かった!」
ベーコンエッグサンドを一口サイズに切って雪夜の口に放り込んだ夏樹は、笑いながら雪夜の口の端についたソースをペロリと舐めた。
……あれ?
うわぁあああ!俺、もう子どもじゃないのになんで食べさせてもらってんの!?しかも口の端にソースつけてたとか……恥ずかしっ!!
「んぐっ!……しゅ、しゅみましぇん……」
「え、何が?」
「あの、じ、自分で食べましゅ……」
「あぁ……ごめん、そうだよね。ダメだなぁ俺、切り替えが出来てないな。ごめんね」
夏樹がしょんぼりとして申し訳なさそうに笑った。
「ち、違っ!あの、夏樹さんに食べさせてもらうのは嬉しいし全然いいんですけど、でも、えっと、俺はいつも甘えてるからせめて大学生に戻ってる時くらいは自分のことは自分でしなきゃって……」
「え、食べさせるのは全然いいんだ!?そか、じゃあ次これ食べてみて?はい、あ~ん!」
「え?あ、はい!あ~ん!……ん!?おいひぃ~!」
「ふふっ、良かった!あ、オレンジジュースのおかわり入れて来るね!」
「ふぁ~い!」
夏樹は、雪夜が美味しい表情 で夏樹のお手製ポテトサラダをモグモグしているのを満足そうに眺めるとスッと立ち上がった。
空になったグラスを手にして雪夜のこめかみに口付け、オレンジジュースをいれて戻ってくると「はい、お待たせ」と、雪夜の前にグラスを置きつつまたこめかみに口付ける。
「ありがとうございます!」
ようやくポテトサラダを飲み込んだ雪夜は、夏樹にお礼を言ってオレンジジュースを飲んだ。
「いえいえ。今朝はもうちょっと食べられそう?」
「はい!」
「よし、いい子だ。それじゃもう一口!」
「あ~ん!」
言われる前に雪夜が自分から口を開けて待っていると、夏樹がちょっと眉をあげて、それから……なぜか嬉しそうにクシャっと笑った。
「ふはっ!はははっ……はい、あ~ん!」
「むぐっ……」
って、なんで俺は食べさせてもらう気満々なの……!
さっき自分で食べるとか言ったばっかりなのにっ!
ほらぁ~~!!夏樹さん爆笑してるしぃいいいいい!!
雪夜は慌てて自分で食べようとしたが、ナイフとフォークがうまく使えなくて結局朝食はほとんど夏樹に食べさせてもらった。
う゛~~~……お箸だけじゃなくてナイフとフォークも練習しなきゃだ……
***
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