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SS3【雪夜の悩み事(後篇)】
朝食の後はお薬タイム。一番テンションの下がる時間だ。
一錠くらいなら自分で飲めるが、今は飲まなければいけない薬が大量にあるし苦い薬もあるので……薬が苦手な雪夜は大学生に戻っている時でも夏樹に飲ませてもらっている。
「――はい、これで最後だよ。あ~ん」
「……っ!あい、飲めましたっ!……うぇ~っ……」
服薬ゼリーを使ってくれてもたまに苦い時がある。
雪夜は涙目で盛大に顔をしかめた。
子どもじゃないんだからこれくらい我慢しなきゃって思うけど……苦いものは苦いぃ~~~!!
「あ、ごめん。混ぜるのミスってた?よしよし、よく頑張ったね。おいで」
「ご褒美くらしゃぃ~!!」
薬を飲むとご褒美にジュースを貰える。
早く苦みを消したくて半泣きで夏樹に抱きついた。
「はいはい、ご褒美ね」
夏樹はそんな雪夜に苦笑しながらジュースを一口含んで口唇を重ねて来た。
「っ!?……ん……っふぁ……」
わわっ!?え、ご褒美って……そっちですか!?
口移しのジュースはほんの一口分。
ゴクリと飲み込んだ瞬間に夏樹に舌を絡め取られ、雪夜はそのままソファーに押し倒された。
ジュースの甘さとそれ以上に甘い夏樹のキスに、薬の苦さなんて一瞬でどこかに消え去ってしまう。
「――ぁ、やっ……なつ……しゃん……っ」
雪夜がキスに夢中になっていると、夏樹が口唇をそっと離して身体を起こした。
完全に頭が蕩けていた雪夜は、もっとキスして欲しくて夏樹の服をぎゅっと握った。
「ん゛~~……俺ももうちょっとキスしていたいけど……もうすぐリハビリの時間だから今はここまで。続きはまた後で……ね?」
夏樹は小さく唸って深呼吸をすると、困ったような顔で笑って雪夜の額に軽く口付けた――
***
「――という感じで……」
「あ~……まぁ、いつもの感じですね」
今朝の様子を話すと、学島がなんともいえない顔で苦笑した。
夏樹さんは俺が朝起きた瞬間から夜眠るまで、息をするようにあっちこっちにキスをしては抱きしめてくれる。
軽いキスならみんなの前でもお構いなしだ。
別荘にいるのは身内同然の人たちとはいえ、さすがにちょっと恥ずかしい。
……けど、ぶっちゃけ……嬉しいですっ!
口唇以外へのキスは本当にサラッとしてくるので鈍い俺はすぐには気づかないことも多くて、時差で気づいてひとりでにやけちゃうことも……
昼間は口唇にはあんまりしてくれないのが残念だけれど、それは俺が感度が良すぎるかららしい。
だって夏樹さんのちゅう気持ち良いんだもん……
ちなみに、夏樹さんみたいにいっぱいキスしてくれる人のことを『キス魔』と言うのだと教えてくれたのは相川だ。
「……夏樹さんの真似をしてみれば出来るかと思ったんですけど、まず夏樹さんのちゅうのタイミングがよくわからなくて……」
「それじゃ、本人に聞いてみればどうですか?」
「へ?」
学島の視線の先を見ると、リハビリ室の入口の壁にもたれて夏樹が立っていた。
「ななな夏樹さんっ!?いつからそこに……っ!?」
「ふぅ~ん……俺がキス魔ね~……俺そんなにキスしてるかなぁ?だいぶ抑えてるつもりだけど……」
「あ、あの、えっと……」
「……うん、でもそうかもしれないね。ごめん、もうちょっと気を付けるね」
夏樹がちょっと苦笑いをして片手で口元を覆った。
「え、やだっ!違いますっ!あの、イヤなわけじゃなくて俺が……ぅわっ!?」
「おっと!」
急いで夏樹のところに行こうとして途中で足がもつれた。
転びそうになった雪夜を、夏樹がすかさず抱きとめてくれる。
「大丈夫?」
「は、はい……あっ!えっと、あの、夏樹さん!さっきのは誤解で……」
「ん?」
「あの、えっとね?夏樹さんのちゅうがイヤってわけじゃなくてね!?いっぱいしてくれて嬉しいんですけど俺からもしたいのにタイミングがわからなくてなかなかできないっていう話を……」
「うん……今だよ?」
「え?」
「タイミング」
「えっと……タイミング?」
え、なんの?
雪夜がキョトンとしていると、夏樹がフッと笑って雪夜の額にチュッと口付けた。
「キスのタイミング」
「あっ!……ええっ!?」
いや、全然わかりません!!
「あのね、俺は別にタイミングとか考えてしてるわけじゃなくて、無意識なんだよね。一応TPOはわきまえるけど、雪夜が近くにいると可愛くてしたくなるからしてるだけだよ」
「無意識……ですか?」
「もちろん、離れていてもしたいけどね。可愛い恋人に触れたいキスしたい押し倒したいって思うのは当たり前でしょ?だから、雪夜もしたいなって思った時にいつでもしてくれていいんだよ?むしろ、してきて?」
「あの、でも……したいなって思った時には夏樹さんからしてくれてるから……」
「あ~……そっか、わかった。それじゃこれからはちょっと待ってからするね!」
「え、待ってから?」
「雪夜からしてくれるのを待つ」
「ま……待たれるとプレッシャーが……」
だって、ちゅうはしたいけど夏樹さんみたいに自然にするのは難しいし……
「え~?それは困ったな~……」
夏樹がちょっとおどけた顔で雪夜を覗き込んだ。
わっ!顔近っ!かっこいい!
夏樹のことが好き過ぎる雪夜はなかなか夏樹の顔を直視出来ない。
照れて顔を逸らしかけてハッとした。
今だっ!!
慌てて夏樹に向き直るとちょっと背伸びをして夏樹の頬に軽くキスをする。
「できたっ!!」
ドヤ顔で夏樹を見上げると、夏樹がわざとらしく難しい顔をして考える素振りをした。
「ん゛~……今のは40点かな。もうちょっと早くしてくれないと俺がしちゃうよ?でも……雪夜からしてくれるのはめちゃくちゃ嬉しいし、雪夜が最高級に可愛いからプラス1億点!!」
辛口評価から一転、超甘々評価で満面の笑みを浮かべる。
向こうの方でまた学島が盛大にお茶を噴き出して咽ている様子だったが、夏樹は気にせずに雪夜を抱きしめて耳元で「ありがとう、愛してるよ」と囁き耳たぶを甘噛みしてきた。
「ファッ!?」
「雪夜、その調子でいっぱいキスしてきてね?俺よりもキス魔になってくれて構わないから!あ、でもキスするのは俺だけにして!?楽しみにしてるよ!」
「え、あの……が、がんばりますっ!!」
とは言ったものの、夏樹さんよりもキス魔になるのは……ちょっと難しそうです!
だって……俺も夏樹さんからのちゅう楽しみにしてるんだもん!――……
***
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