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夜明けの星 2.5-6(雪夜)
「――ごめん、お昼に帰れそうにないから、適当に食べておいてくれる?ひとりで大丈夫?誰か兄さんに連絡してみようか?」
夏樹から電話があったのはお昼前。
今朝、急に職場に呼び出された夏樹は、昼には帰って来ると言い残して家を出た。
でもどうやらトラブルが起きて、結局昼には帰って来られないらしい。
「わかりました。ひとりで大丈夫ですよ~。俺今日は調子いいし!お昼ご飯コンビニで買ってきます!」
「コンビニ……まぁ、近いから大丈夫か。でも気を付けてね?何かあったら絶対連絡してきて?あと、防犯ブザーは絶対に持って行くんだよ!?それから――」
「はいはい、大丈夫ですって!コンビニは近いし。お弁当買ったらすぐ帰ってきますから」
次々に出て来る夏樹との約束事や注意事項を聞いていると、それだけで夏樹の昼休憩が終わってしまいそうで……雪夜は時計を見ながら思わず苦笑し、話を遮 った。
「夏樹さんもちゃんとお昼ご飯食べてくださいね?」
「うん、それじゃまた後で連絡するね」
「はーい、お仕事頑張ってくださいね!」
「ありがと。頑張るよ!――」
夏樹さん、ホントにちゃんと食べられるのかなぁ……忙しいから昼休憩は15分取れるかわからないとか言ってたけど……今のでもう10分は経過しちゃったよ?
***
夏樹がこんなに過保護なのは、雪夜がひとりの時にあの事故のトラウマが出るのを心配してくれているからだ。
今のところ、あの事故の後に出て来たトラウマは、雪夜が自覚しているものだと水くらいだ。
でも、別荘からこちらに戻って来て2週間。雪夜はまだ夏樹と食料品の買い物に出た以外は外出をしていない。
だから、雪夜にも水以外に何にトラウマが出るのか、全然わからない。
まぁ、もともと暗闇とか、大きい音とか、人が多いところとか……俺トラウマの塊みたいなものだからな~……むしろもう増える余地なんてないんじゃないかと思うんだけど……でも前からあるトラウマがひどくなってる可能性はあるかも……
だとすれば、それなりの対策を取っていけば大丈夫ってことだっ!
念のためイヤーマフを手に取ろうとした雪夜は、少し考えて普通のヘッドホンを手に取った。
夏樹には、ひとりで大丈夫ですよ。なんて言ったけれど、やっぱりひとりで外に出るのは少し勇気がいる。
「……はは……」
玄関のドアを開けようと伸ばした自分の手が震えているのを見て思わず自嘲気味の乾いた笑い声が出た。
外に出るだけなのに……
ドアノブを掴んでいた手をもう片方の手で掴んで胸元でぎゅっと握りしめて深呼吸をした。
「大丈夫……大丈夫……ひとりでも大丈夫!……」
ドアを開ける前にミュージックプレイヤーを再生すると、ヘッドホンからもう何十回も聞いている高校時代の夏樹の歌声が聞こえた。
以前裕也にこっそり見せて貰った動画の音源だけを抜き出して入れて貰ったのだ。
「……うん、ひとりじゃないから……大丈夫!」
大きく息を吸い込んで吐き出すと一歩前に踏み出した。
***
「ありがとうございました~!」
コンビニに入るのも久しぶりなので、周囲が気になっておどおどしてしまい物凄く挙動不審になってしまった。
店員さんに不審な目で見られてしまったので、慌ててサンドイッチと目についた桃のジュースを買って外に出た。
よし、お買い物出来た!!後は帰るだけ!
何もないとは思いながらも、片手は防犯ブザーを握りしめたまま急ぎ足で家路についた。
「っただいま~!俺すごーい!ひとりで買い物出来たよ~!」
――……
「はい、シーン……誰もいな~い!知ってる~!」
むしろ誰かいたらビックリだしね!!
でもちょっとだけ……
夏樹さんがいたらいいなとか……思っていた。
「……サンドイッチ食べよ」
ひとり言を言っている自分がちょっと虚しくなって小さくため息を吐くと、袋からサンドイッチとジュースを取り出し「いただきます!」と手を合わせた。
なんだかんだで家を出るのに時間がかかったせいか、時計の針はもう2時を指していた。
***
おかしい……と思ったのは、ジュースを飲み始めてしばらくした頃。
何だかふわふわしてきて、どうでもいいことが笑えて、泣けた。
「ん~?なんら~?……『これはおしゃけれす』……な~んら、おしゃけか~……あはははっ!」
桃のジュースだと思っていたのに、歪んだ視界でかろうじて『これはお酒です』の文字が見えた。
間違えてお酒を買って来てしまったらしい。
でも、酔っ払っている雪夜は自分が酒に弱いということも忘れてしまっていた。
いつも酒を飲む時は佐々木か相川が傍にいるので、雪夜が酔っ払いかけるとさりげなくノンアルや水に替えてくれているのだが、今の雪夜は……ひとりだ。
「ど~りでおいしいわけらぁ~。おれもうおとならもんね~。おしゃけのめるんらぉ~!しゅごいれしょ~?」
酔っ払った雪夜は、以前、佐々木たちと遊園地に行った時に持って帰って来た大きなクマのぬいぐるみを相手に、散々夏樹の惚気 話をした。
***
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