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夜明けの星 3-2(雪夜)
春といえば――
新しい季節。
新しい出会い。
そして……
「雪ちゃあああああああああん!!本当に行っちゃうのおおお!?」
先ほどから雪夜を抱きしめて離れないのは相川だ。
「だって、俺だけこの講義再履修だし……相川たちはちゃんと取れたんでしょ?」
雪夜は豪華客船での事故以来ずっと大学を休んでいたので留年覚悟だった。
だが、大学側や教授たちに相談したところ、普段の受講態度や提出物、試験の結果などから、ほとんどが追加のレポート提出でギリギリ単位を出してくれた。
いくつかは再履修になったが、留年にならなかっただけマシだ。
1,2年生の時に取れる単位は取れるだけ取ってあったので、もともと4年生で取る単位は少ない。再履修の分を入れても、何とかなる。
また入院したり不安定になったりしなければ……の話だけど。
「そうだけどぉおおお!!雪ちゃんひとりなんて心配すぎる!俺ももう一回受けようかな~……」
「あはは、嬉しいけど、相川はこの時間、別の講義が入ってるでしょ?」
「出席取らないやつだから大丈夫だよ~」
「でも講義出てないとレポートとかわかんないよ?」
「そこは~翠 に見せて貰うから大丈夫!」
「じゃねぇよ!いつまでも俺に頼るな!お前はもうちょっと雪夜を見習え!」
黙って見ていた佐々木が腕時計に目を向けた後、持っていた本で相川の頭を叩 いた。
「いってぇ~!ちょ、いま角で殴ったろ!!」
「気のせいだろ。それより雪夜、本当にひとりで大丈夫か?誰か友達が出来ればいいけど、変なやつが寄ってきたら構わずにブザー鳴らせよ?」
「うん!わかってる。ありがとね!頑張ってみるよ!」
「昼飯は一緒に食おうな!なんかあったらすぐに連絡してこいよ!それじゃまたな」
「また後でね~!」
二人と離れるのは初めてではない。
選択科目だと三人バラバラということもあった。
でも、その場合も顔の広い相川が雪夜と同じ科目を取っている知り合いに声をかけてくれて、休んでいる間のノートを貸して貰ったり、連絡をしてもらうことは出来た。
だが、今回は再履修なので主に年下の子達と一緒に受ける。
雪夜が再履修する科目の講義を取っている子の中に相川の知り合いはいないらしい。
よって、雪夜はひとりだ。
自力で友人か、せめてノートの貸し借りが出来るくらいの知り合いを見つけなければいけない。
それはいいのだが……年下ということは、雪夜が以前防犯ブザーを鳴らしまくっていた変人であることを知らない子も大勢いる。
相川たちがあんなに心配していた理由はそこだ。
入学当初のように、雪夜が変な奴らに絡まれないかを危惧しているのだ。
だけど、俺ももう成人してるし?
入学当初はまだちょっと幼さが残ってたかもだけど、今はもっと若くて可愛い女の子たちがいっぱいいるんだから、俺なんかに構ってくる暇人なんて、もういないでしょ~!!
***
――はい、すみませんでした。俺の考えが甘かったです……
雪夜は思わず遠くを見つめた。
「ねぇ、きみ可愛いよね、名前何て言うの!?去年いたっけ?」
「どこのゼミなの?」
再履修生の場合、目立たないように後ろの方の席に座ることが多い。
だが、雪夜は背が低いので、後ろに行くと前が見えない。
階段教室なら何とかなるのだが、残念ながら、ここは階段になっていない。
何より……後ろの方だと真面目に受ける気のない子がいっぱいいて、勉強に集中出来ない。
と言うわけで、一番前の端っこに座っていた。
せめて入口とは反対側に……と思ったのだが、すでに取られていたので、仕方なく入口側に座っていた雪夜は、講義開始前にさっそく絡まれていた。
ぅ~~~……とりあえず無視っ!!
佐々木たちと友達になってからはこういう輩 に絡まれることが減っていたうえに、今まで教室内でここまで堂々と絡んで来られることはなかったので、雪夜は対処方法がよくわからず若干戸惑っていた。
「ね、こんな講義サボって一緒に遊びに行こうよ」
「何勘違いしてんのか知らないけど、俺、男ですけど?」
一応、女と間違えてないか確認してみる。
「……は?いやいや、嘘だろ!?」
「マジで?」
「女みたいな顔してんじゃん」
「え、その顔でついてんの?」
「やっべ、ウケる!ちょっと見せてみろよ!」
何がそんなにウケるのかわからないが、そいつらは更に調子に乗って雪夜に触ろうとしてきた。
あぁ、俺の性別は関係ないんだ?
つまり……
入学当初、俺にちょっかいを出して来たやつらと完全に同類ということだ。
隙あらば空き教室や暗がりに引っ張り込んで襲おうとしてきたあいつらと……
雪夜は改めて自分を囲んでいる男たちの顔を一瞥して【お友達対象外 リスト】に放り込んだ。
「触るなっ!」
腕を掴まれそうになったので振り払う。
「触るなっ!だってよ。こわ~いっ!ははは!」
「いいじゃん、男なんだろ?減るもんじゃねぇし――」
そういう問題じゃないっ!
お前らみたいなのに触られると虫唾が走るんだよっ!
っていうか、他の子たちも見て見ぬフリか……
もうほとんどの学生が席についていたが、雪夜に絡んでいるやつらを止める声はどこからも聞こえなかった。
別に、それを非難するつもりはない。
下手に声をかけて巻き込まれるのがイヤだと言う気持ちもわからなくもないからだ。
ただ……
この講義で友達作るのは……無理だな。
雪夜はため息とともに、教室内の全員を【お友達対象外 リスト】に放り込んだ。
室内ではあんまり使いたくなかったけど……
雪夜は、男たちが徐々に調子に乗ってきたので、手の中の防犯ブザーを握りしめた。
裕也お手製の防犯ブザーらしいが、まだ使ったことがないので市販のものとどう違うのかわからない。
裕也さんは「普通の防犯ブザーより効果あるはずだから、ためらわずに張り切って使っちゃってね!」って言ってたけど……防犯ブザーを張り切って使うって、どういう状況なんだろう……?まぁ、こういう状況ですよね!!
雪夜が鳴らそうとした瞬間、
「は~いはいはい、ちょ~っと失礼~?俺の連れに何か用?何してくれてんの?」
見知らぬ男が、サッと雪夜と男たちの間に入って来た。
「あ?何だよお前」
「俺?お前らが絡んでたこの子の連れだけど?そういうお前らこそ何だよ――」
そういうお前も誰なんだよっ!?
連れってどういうこと!?
雪夜は、自分を囲んでいた男たち以上に不審げな顔でその男を見上げた。
***
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