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夜明けの星 3-9(夏樹)

 夏樹と斎が仕事に戻ろうとしていると、夏樹の携帯が鳴った。  画面を見て斎に待つよう合図を送ると、スピーカーにした。 「はい、夏樹」 「あ、佐々木です」 「うん、どうした?雪夜に何かあったか?」 「雪夜は今、相川とおやつ買いにコンビニに行ってる。あのさ、山口巧(やまぐちたくみ)ってそっちのやつ?」 「え?」  たった今、そいつの話をしていたところなので、驚いて思わず斎と目を合わせた。 「再履修科目の時に雪夜が絡まれてたのを助けてくれたらしいんだけど……タイミングが良すぎるから、もしかして夏樹さんが何か手を回してたんじゃないかと思って……」 「あぁ……さすがだな」  斎も隣で聞きながら苦笑する。   「じゃあ……」 「でも、山口は違うぞ」 「違う?」 「お前の言う通り、一応雪夜に何かあった時のために手は回してあるけど、その山口とか言うやつはこっちの手の者じゃない」 「そうなんだ……」 「お前はどう思う?そいつと一緒に昼飯食ったんだろ?」  いつも昼休憩の時には雪夜に連絡をしているので、今日も浩二が帰って来る前に雪夜とメールでやり取りをしていた。  その時に、今日知り合った山口というやつも一緒に昼飯を食べているから今は電話できないと雪夜が残念そうに言っていたのだ。 「ん~……夏樹さんの手のやつにしては、雪夜のこと知らなすぎるし、雪夜をからかって遊んでるようなところがあるからおかしいなぁとは思ったんだよね」 「へぇ~……雪夜をからかって……ねぇ……?」 「うん。ただ……ちょっと胡散臭いところがあるけど、緑川の時みたいな、なんていうか……まとわりつくような下心丸出しの嫌な感じはしなかったんだよな。でも何か裏がある気がして……だからやっぱり夏樹さん関係なのかな~って……」  人を見る目に()けている佐々木にしては歯切れが悪い。  それだけ相手が上手(うわて)ということか、それとも、ただの思い過ごしなのか……   「ほぅ……わかった。こっちでも調べてみるけどお前もちょっとそいつから目を離さないようにしてくれ。でいいから。頼んだぞ」 「りょ~かい。んじゃ、そういうことで」 「ありがとう」  通話を切ると、斎がクスッと笑った。 「ヤングは本当に面白い子ですね。なかなかいい勘してる」  ヤングというのは、兄さん連中の中での佐々木のニックネームだ。  初めて佐々木たちが別荘に遊びに来た時に名前の話になった。  佐々木翠(ささきあきら)遊佐晃(ゆさあきら)佐々木隆(ささきたかし)で、『佐々木』と『あきら』が被るので、呼び方で揉めたのだ。  最終的に(あきら)さんは今まで通り『アキ』、(たかし)さんも今まで通り『タカ』で、佐々木は『若い方のあきら』→『ヤング』になったらしい。『ジュニア』も候補にあがっていたけれども……そもそも仲間内に隆さんを名字で呼ぶやつはいないので、夏樹としては「普通に佐々木でいいんじゃねぇの?」と思ったが、兄さん連中がやけに愉しそうだったので黙っていた。  佐々木も兄さん連中には何を言っても無駄だと思ったのか、珍しく素直に「ヤング」を受け入れていた。  たぶん、俺がヤングと呼んだら怒るんだろうな~……  ちなみに、相川は普通に『颯太(そうた)』と呼ばれている。 「あいつの人を見る目は信用できますよ。緑川の時もあいつはすぐに見抜いてたし。でも今回はちょっと歯切れが悪いですね」 「う~ん、山口って子、益々気になりますね…………あぁ、もしかしたら……」 「何か心当たりでも?」 「ん~……いや、何となく思い当たることはありますが……ひとまず、裕也の報告待ちですね」 「……そうですね」  そう言うと、斎はカウンセリング室に戻って行った。    佐々木にしても斎さんにしても、歯切れが悪い。  斎さんは何となく思い当たることがあるって言ってたけど……  考えてもわからないものはわからない。  裕也に調査を依頼しているのだから、近日中には何かしらの情報は得られるはずだ。  夏樹が今できることは、自分の仕事をさっさと終わらせて早く雪夜を迎えに行けるように頑張ること。  夏樹は自分のデスクに戻ると、一旦山口のことを忘れて頭を仕事モードに切り替えた。 ***

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