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夜明けの星 3-12(夏樹)
雪夜の護衛係をしている裕也から「雪ちゃん発作起きそう」と連絡があったのは昼前。
仕事を途中で放り出して、説明もそこそこに早退届を出した。
会社を出る時にちょうど外から帰って来た浩二を見つけたので、即座に捕まえる。
「お?どこ行くんだナツ」
「社長~~!グッドタイミング!大学まで送って下さいお願いします!」
「へ?あぁ、わかった」
大学までという説明で雪夜のことだとわかったのか、特に理由も聞かずに車を出してくれた。
移動しながら裕也と連絡を取る。
「で、何があったんですか?」
「あのね~、山口と一緒に実験棟の横を歩いてる時に破裂音がしたんだよね――」
「破裂音ですか……雪夜の様子は?」
破裂音と聞いて、即座に船でのことが頭に浮かんだ。
もともと雪夜は大きな音が苦手なので、船の事故で余計に過敏になっているだろうとは思っていたが……まさか大学内で破裂音に遭遇するとは……予想していなかった。
街中を歩く時はイヤーマフをしているけれど、大学内では外しているだろうし……直に聞いたとしたら、ちょっとヤバいな……
え、待て!しかも今山口と一緒なのか!?
「音を聞いてしばらく立ち尽くしてたんだけど、ぐらついたと思ったらその場に座り込んじゃって……あ、山口がどこかに電話してる。ちょっと待ってね。……あぁ、ヤングにかけてるんだ。雪ちゃんが言ったのかもね」
「佐々木がいれば、俺が着くまでとりあえず何とかなるか……」
「そうだね、まぁ、僕も今はとりあえず様子見てるよ」
「お願いします」
裕也との通話を切るとすぐに佐々木から連絡が来た。
「今すぐ、大学に、来いっ!」
恐らく走りながらかけて来たのだろう。
夏樹が電話に出るなり、息切れしながら佐々木が怒鳴った。
「今向かってる」
「え?あ~そうか。もう知ってた?」
「一応な。もしお前がひとりで手に負えないと思ったら、連絡くれ。すぐ近くに裕也さんがいるから」
「わかった!あんたも早く来いよ!」
「わかってる。あ、そうだ――」
佐々木がいれば大丈夫だとは思うが、発作が酷ければ佐々木だけでは対処できない可能性もある。
兄さん方の中でも裕也と斎は病院で雪夜によく付き添ってくれていたので、雪夜の発作の時の対応もよく知っている。
佐々木と裕也がいれば、夏樹が行くまで何とかなるはずだ。
夏樹は自分自身に言い聞かせて、焦る気持ちを落ち着かせた。
***
「雪夜!」
佐々木から聞いていた場所に行くと、地面に座って雪夜を抱きしめている佐々木と、その周囲でオロオロしている山口がいた。
山口と直接会うのは今回が初めてだが、今はそんなことどうでもいい。
「雪夜、大丈夫?」
夏樹が近付いて声をかけると、雪夜が佐々木の肩から頭を少し浮かせた。
虚ろな目が夏樹を捉えると、少しほっとして今にも泣き出しそうに潤んだ。
「おいで、お待たせ。遅くなってごめんね。どうしたの?苦しくなっちゃった?」
「ん……っ……」
夏樹が佐々木から雪夜を抱き取ると、雪夜が首にギュっと抱きついてきた。
背中をトントンと撫でながら呼吸を確認する。
「呼吸は少し落ち着いたみたいだね」
「とりあえず、俺が来た時に過呼吸になりかけてたところだったから、なんとか呼吸は落ち着かせられたんだけど……でもだいぶ無理してると思う。いくら力抜けって言っても俺じゃダメで……」
佐々木が眉間に皺を寄せて、心配そうに雪夜の頭を撫でた。
夏樹に抱きついている雪夜の身体は小刻みに震えていて、全身に力が入っていた。
発作は落ち着いているものの、まだ若干興奮状態で肩で息をしているのが気になる。
だいぶ不安定……何に怯えてるんだ……?
船の事故のこと?それとも……過去のこと……?
「ちょっとごめんね」
夏樹はしがみついている雪夜を一旦引きはがし、首に回されていた手を取った。
固く握りしめられた雪夜の拳を無理やり開くと、手のひらに深く爪痕が残っていた。
どうしてこんなに爪が食い込むほど強く握ってたんだ……?
「雪夜、もう力抜いていいんだよ。俺がいるから大丈夫。これ、痛かったでしょ……よく頑張ったね」
爪……もうちょっと切っておけば良かったな……
心の中で自分に舌打ちしながら雪夜に微笑みかけて、血のにじむ痛々しい手のひらをやんわりと両手で包み込んだ。
「っふぇ……なつっ……っさ……っ」
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね。一緒に家に帰ろうか」
夏樹は、身体から力が抜けて静かに泣き出した雪夜を抱きしめると、そのまま抱き上げた。
「今日はもう連れて帰るよ。手も治療しなきゃだし、久しぶりの発作だから疲れてると思うし」
「わかった」
「講義抜けさせて悪かったな。そっちの子も、ありがとう」
山口に声をかけると、呆 けたように見ていた山口が慌てて「あ、えと、はい」ともごもごと返事をした。
「タクシー呼ぶ?」
「いや、大丈夫だ」
「そか。雪夜の荷物これね。詳しい話はまた後で連絡する」
「あぁ、わかった。それじゃ、また後で」
佐々木から荷物を受け取ると、山口を一瞥 して背を向けた。
***
「あの~……佐々木先輩、あの人って一体……」
「……雪夜にとって唯一の安心して泣ける場所だよ」
「え?それってどういう……」
「今の見てただろ?お前が見たまんまだよ」
佐々木は雪夜を抱っこして歩いて行く夏樹の後ろ姿を見送りながら、山口の質問に答えた。
俺と相川は雪夜の親友だと自負している。
雪夜はだいぶ甘えてくれるようになったし、いろいろと相談もしてくれる。
夏樹さん に言えないことも俺には話してくれる。
だけど……佐々木と相川ではどうしようもないのがこれだ。
発作が起きた時、雪夜が助けを求めるのは夏樹だ。
いくら苦しくても、悲しくても、辛くても、佐々木たちの前では泣くのを我慢するのに、夏樹の一言でいとも簡単に涙腺が崩壊する……
不安定になった時は佐々木たちの前でも泣くけれど、そうなれば今度は夏樹じゃないと泣き止ませられないし、眠らせることもできない。
結局、雪夜にとって、一番弱い部分を見せられる相手が夏樹で、夏樹の腕の中が唯一安心できる場所ということだ。
俺も、相川 にしか見せない顔があるからわかるけれど、それでも少し……悔しいと思ってしまう。
「え~と……あれって……雪ちゃん先輩のお兄さん……だったり?」
「違う」
「でも家に連れて帰るって……雪ちゃん先輩って佐々木先輩と暮らしてるんじゃないの?」
「……違う」
「……ほあ~……?」
佐々木は山口がよくわからないマヌケな返事をしながらも夏樹に鋭い視線を送ったのを、こっそり横目で見ていた――
***
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