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夜明けの星 3-13(夏樹)
不安定になった雪夜は家に着いてからもなかなか泣き止まなかった。
久々に発作を起こしたせいかと思ったが、混乱して泣きじゃくる雪夜の言葉をひとつひとつ拾い集めていた夏樹は、それらを繋ぎ合わせながら思わず絶句した。
雪夜の中で緑川と山口がダブってたのか……
裕也や佐々木からは、山口はからかってはくるものの、講義では何かと雪夜を助けてくれていると聞いていた。
だが、なぜか雪夜は山口のことをずっと警戒していた。
夏樹としては、山口の目的がわからない以上、雪夜が警戒してくれている方が安心なので、特に気にしていなかったのだが……
今日の発作……破裂音だけならここまで酷くならなかったはずだ。
音よりも、むしろ警戒している人間の傍で発作を起こしたということの方が雪夜にとっては堪えがたい最悪の事態で、その恐怖心が発作を悪化させた原因だった。
自分の手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめていたのは、なにがなんでも意識を失いたくなかったから……
意識を失っている間に緑川にホテルに連れ込まれていたことが、想像以上に大きなトラウマになっていたらしい……
「気づいてやれなくてごめん……」
緑川の件は、もう終わったと思っていた……
雪夜はあの後、そんなに不安定にならなかったし……ホテルでは何もされていないと言った夏樹の言葉を信じている様子だったし……
でも、考えてみれば……ホテルに連れ込まれることになった前後の話は、実は夏樹はほとんど知らない。
雪夜自身が話したがらなかったので、嫌な出来事を無理に思い出させることはないだろうと深く追求しなかった。
話したくないってことは、それだけショックだったってことなんだから、トラウマになっていてもおかしくないのに……
夏樹の頭にあの夜の……全身擦過傷と爪痕で真っ赤に腫れあがった雪夜の肌がよぎった――
***
「――つまり……研究室で襲われた時はお前が助けに入ったけど、ホテルの方はお前も知らなかったのか……。で、発作で意識を失って、気がついたらホテルに連れ込まれてて、何かされた形跡があったって?それは……お前が何もされてないって言ったところで、無意識に嫌悪感や恐怖感は残ってるだろうしな~……。ぅあ゛~~~……すまん、俺もホテル の方は失念してた……」
話を聞いた斎が、申し訳なさそうに唸った。
雪夜は入院中、カウンセリングをしてくれていた斎にもホテルでの話はほとんどしていなかったらしい。
「大丈夫か?今からそっち行こうか?」
「いや……今はだいぶ落ち着いて来てるので、とりあえずは大丈夫です。もしかしたらしばらく不安定になるかもしれないので、また様子を見つつ……お願いします」
「ばぁ~か。俺が言ってんのは雪ちゃんのことじゃねぇよ」
「え?」
「ナツ、言っても無駄だと思うけど、それはお前のせいじゃねぇからな?あんまり責めんなよ」
「……はい」
斎はそう言うけれど、緑川の件は……俺のせいだ。
俺が、雪夜が緑川に脅されていたことに気づいてやれなかったせいで、俺が、吉田の嫁のことを話していなかったせいで……俺が、ちゃんと話を聞いていなかったせいで――
「こら、ナツ!お前がそんな顔してたら雪ちゃんが不安になるだろうがっ!」
「……はい」
わかってるけど……
夏樹が自嘲気味にため息を吐くと、胸元に抱きついて眠っていると思っていた雪夜が徐 に顔を上げ、夏樹の頬を両手で包み込んだ。
「あ、ごめん、雪夜。起こしちゃっ……」
「……っごめ……なさ……い……」
雪夜は夏樹をじっと見つめると表情をぐしゃっと崩して涙交じりに謝って来た。
マズい……今の話聞いてた?
「……って、なんっ……なんで雪夜が謝るの……俺が……っ」
俺のせいだろ……っ
雪夜を不安にしたくないのに、結局不安にさせてしまっている自分が情けなくて……
緑川の件はもう終わっただなんて楽天的に考えていた自分に嫌気がさして……
悔しくて悲しくて声に出すと泣いてしまいそうで、雪夜の肩に顔を埋めた。
だめだ……俺まで不安定……
「あ~あ~、ほらもうっ……だから言わんこっちゃねぇ!!今から行くから、ちょっと待ってろっ!……ああ、ナツ、ついでにお前もそのまま泣いとけっ!!」
見かねた斎が大袈裟にため息を吐くと一方的に捲 し立てて通話を切った――
***
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